この世の中には、常に二種類の人間がいる。
 笑顔でいることが苦ではない人間と、苦でしかない人間。
 話すことが楽しい人間と、苦手な人間。
 人と関わることが好きな人間と、嫌いな人間。
 夢を追い続けることができる人間と、それを諦め手放してしまう人間。

 ──全てにおいて、僕は後者の人間だ。



「……別に」

 その一言で、周りの空気がぴしりと凍りつくのがわかった。

 たったの三文字であっという間に他人を遠ざけ、自分へ向けられている好奇を切り捨てる便利な言葉をこれ以外に僕は知らない。予想通り、僕を囲っていた野次馬たちは眉をひそめ、嫌悪感を思い切り顔に表わしている。
 都心から電車で約一時間半。山に囲まれた坂がやたらと多いこの町へ、僕は先週引っ越してきた。正直、青天の霹靂(へきれき)だ。生まれ育った東京の吉祥寺を高校二年の冬という中途半端な時期に離れ、まさかこんな田舎に住むことになるなんて誰が想像していただろうか。
 放課後に遊ぶようなところも、休日に出かけるような場所もないに等しい。片道三十分の自転車通学に、足がつりそうなほどきつくて長い坂道。学校に到着するまでに全体力を使い果たしてしまうような地形だ。
 古びた校舎と無難な学ラン。垢抜けないクラスメイトは好奇心だけは人一倍強いらしい。もしかすると刺激のない毎日を送っているから、転入生が来たというちっぽけな出来事にも群がってしまうのかもしれない。放課後は何をして遊んでいたかだとか、芸能人に偶然会うことはあるのかだとか、彼女がいるかとか、どうたらこうたらエトセトラ。それらに僕は、冒頭の一言を返したというだけのことだ。

「べ、別にって、お前それはないだろ〜!」
「初対面でお前呼びされる筋合いはないけど」

 その場の空気を緩めるように僕の正面で笑った男は、ヒクッと口元を引きつらせた。ちら、と視線を落とせば、制服の裾を捲りあげ露出した足首には、汚れた赤いミサンガがかろうじてといった様子で輪を作っている。

 ──こいつ、サッカー部か。

 「チッ」と無意識に舌打ちが溢れる。それは思っていた以上に大きな音を伴っていたらしい。目の前の男は一瞬顔を強張らせ、他のやつらの眉が釣り上がるのがわかった。

「せっかく親切で声をかけてあげたのに、カンジ悪ー」
 ──なにが親切だ。ただのおせっかいだろ。

「別に、とか芸能人気取りかっての」
 ──芸能人とか関係ないだろ。意味不明。

「東京に住んでたからって、うちらのこと馬鹿にしてるんじゃないの」
 ──少なくとも、好奇をぶつけてくるだけのあんたたちのことを敬う気にはなれないな。

 わざと聞こえるように僕への嫌悪を表した彼らは、じろりとこちらを一度だけ見てそれぞれの席へと散っていった。少しだけ開いた窓の隙間から、冷たい空気がひゅるりと僕の襟足をなぞる。

 ああ、やっと解放された。

 体感温度が三度ほど下がったと感じた僕は、やっとそこで窓の向こうへと意識を投げることができたのだった。