上原先輩の入部が決まったとはいえ、道具も持ってきていないのに活動は出来ない。
 次からは自分の裁縫道具を持ってくるようにしてもらって、今日は見学だけしてもらった。


 新入部生が入ったばかりという事もあって、今は各々(おのおの)好きな小物を作ることになっている。

 簡単なシュシュを作ったり、ポケットティッシュカバーを作ったり。
 少ないけど何人かいる男子部員はシンプルなデザインの小銭入れやイヤフォンクリップとか実用的なものを作っている。

 わたしは羊毛フェルトに挑戦してみてるところだ。
 手乗りサイズの犬を作ろうと無心でチクチク針を刺していた。

 なかなか思うような表情に出来なくて、一つ目は失敗。
 今は二個目を頑張っている。

 今度こそはもうちょっと可愛く出来るようにと頑張っているのだけど……。

「それって何? 針ぶっさしてるだけで何か出来んの?」
 何故か上原先輩がめっちゃ近くで見ている。

「羊毛フェルトといって、ぬいぐるみみたいなものが出来るんです」
 集中したいと言うのを態度で(しめ)すつもりで、視線は手元から動かさず答えた。

 上原先輩は最初だけは他の人のところも見ていたけれど、わたしのところに来てからは近くに座ってじーっと見ている。
 何とか他へ行ってくれないかなと思って淡白(たんぱく)な受け答えをしているんだけど……。

 でもそんな空気を読めないのか、上原先輩はさらに質問をして来た。
「へー。で、それは何作ってんの?」
 まだ作り始めたばかりだから見ただけでは分からないか。

「……犬です」
「そっかー。そうびちゃんみたいにかわいい犬が出来るのかな?」
「っ!」

 見た目がスポーツマンでも言動がなんかチャラいんじゃない?
 それにあんまりかわいいとか言わないでほしい。

 流石にイライラしてきてつい声を荒げてしまった。

「っ――! 上原先輩、ちょっと放っておいてください!」

「え!? 何? あたし何かした?」
「……」

 何故か目の前の上原先輩ではなく都先輩が反応してしまう。

「いや、都先輩じゃなくて上原先輩です」
「ああ、そっか。でもあたしも《うえはら》だからねー」
「ああ……」

 言われてみればそうだった。いつも都先輩って呼んでるからなぁ。

「もう名前で呼んじゃったら? 淳先輩って。みんなもそう統一しよう?」
「え? いや、別に都先輩だけ名前で呼べば――」
 良いんじゃ、と続けようとしたけれど他の女子部員に言葉を(かぶ)せられた。

「良いんじゃ無い? (まぎ)らわしくなくなるし」
「そうですよ。名前の方が親しみもわくし!」

 これ、一部の女子は人気者の先輩を名前で呼ぶ口実になると思って賛成してる。絶対。
 でも男子部員からも「良いんじゃないか」という答えがあった事で、上原先輩の名前呼びが決まってしまった。

 何より本人が「良いぜ、むしろ名前で呼んで欲しいくらいだ」なんて言ったのだから、もはやわたしの言い分は通るどころか発言さえ許されない雰囲気だ。


 別に名前で呼ぶのが嫌とか、抵抗がある訳じゃない。
 でも何か納得いかない。

 それでも統一されてしまったからには呼ぶしか無い。
 淳先輩って。


 その後も淳先輩はなにかとまとわりついてきて、わたしは全然集中出来ずに今日の部活を終えた。