「皓也、待って!」
「……」

 待ってと言っても止まってくれない。
 応えてもくれない。

 その状況は前と同じだけど、何だか前よりひっ(ぱく)しているように見える。

 その証拠の様に、皓也は靴も履き替えないまま外に出る。

「皓也、靴履き替えないの?」
「……」

 やっぱり答えてくれない。
 それどころか、まるで逃がさないとでも言う様に手の力が強くなった。

 そのまま家に帰るのかと思ったら、皓也が向かったのは校舎の裏の方。
 昨日、皓也のファンクラブの子達に連れていかれたプールの影になる場所だった。


 死角になる場所まで来ると、皓也はわたしを壁に押し付けた。

 昨日ケガをしたわたしの左手を掴んで、皓也はもう片方の手を壁につける。
 まるでわたしを閉じ込めようとしてるみたいに。

 頭の片隅で、これ"壁ドン"だ。と思った。

 皓也が怖くて心臓がドクドク鳴っているのか、このシチュエーションにドキドキしているのか分からないけど、とにかく鼓動がうるさいほど高鳴っている。


「皓也……?」
 年下だけど、すでにわたしより背が高い彼を見上げた。

 昨日の夕方見たときのように、眉間にしわを寄せて辛そうにしている。
 影になっているその目が、(あや)しく光っている様に見える。


「何で、あいつと二人きりであんなとこ居たんだよ」
「え?」

 突然責められて一瞬何を言っているのか分からなかった。


 あいつ……?
 って、淳先輩のこと?
 何でって言われても……どう言えば良いのか……。

 皓也の事を話すためって言うの?
 でもそれ、本人に直接言うこと?


 迷っていると、皓也は更に言い募る。

「俺が、どんな思いであんたに近付かないようにしてると思ってんだ。それなのにっ!」

 溜め込んでいた思いを吐き出す様に止めどなく話し出す。
 そんな皓也をわたしは驚きをもって見ていた。

 こんなに話す皓也は初めて見る。
 ただでさえわたしを避けているみたいだったから。


「……やっぱり、ああいう男の方が好みってことなのか?」
「え?」

 一昨日違うと言ったばかりなのにまたそれを言うのか。

「違うって言ったよね? 信じてくれないの?」
「じゃあ、何でさっき一緒にいたんだよ?」
「それは……」

 言いよどむと、皓也の顔が(ゆが)んだ。
 掴まれている左手が更に強く握られる。

「いたっ! 皓也、痛いよ?」
 訴えても、力は弱まらない。


「……俺は、ずっとそうびに触れたくて……。もっと近付きたくて……」

 泣きそうに歪む皓也の顔は、それでも綺麗でカッコイイ。
 手の傷が開きそうで痛いのに、思わず見惚れてしまうほどに。

「でも、こうなるのが分かってたから距離を置いてたんだっ」
「っ! 痛いっ!」

 切羽詰まった声と共に、傷口を(えぐ)られるように押され傷が開いた。
 貼ってある絆創膏がはがれ、血が流れ出す。
 それでも皓也は手を離してくれない。