芸術サロンから数日経った早朝、エマは裏庭でメイドたちと洗濯をしている。

たらいの前にしゃがんで手を泡だらけにしていると、スモフキンがふわふわと飛んできてエマの視界を塞いだ。

「最近のポッピィちゃんは、エマさんに懐いてますね」

メイドたちが微笑ましげに見ている中、スモフキンがおじさんのような声でエマに囁く。

「電話だぞ」

綿毛の奥からバイブ音も聞こえてきて、メイドのひとりが訝しげに周囲を見回す。

「変な音がしない?」

慌てたエマは手の泡をエプロンで拭うと、スモフキンを抱いて立ち上がった。

「皆さんすみません。用事を思い出したのでちょっと抜けますね」

建物を回り、前庭へと走る。

花壇に水やりしている庭師に気づかれぬよう、大きな木の幹に隠れて電話に出た。

「もしもし。由奈、おはよう」

≪こっちは真夜中。睡眠中だよ≫

アハハと明るい声を上げた由奈が教えてくれたのは、笑いごとにできないブルロズ情報であった。

驚いたエマは声を大きくしてしまう。

「ええっ? それじゃジェラルドは、とっくに望みがなかったってこと?」

攻略対象をジェラルドに絞ってゲームを進めていたら、芸術サロンの前にもうひとつ、イベントが発生するらしい。

街での買い物途中にバッタリ彼と再会し、カフェテラスでデートをするのだ。

その際に、彼から絵画の話題を振られる。

王城の宝物庫に眠る『バラ園の女神』の素晴らしさを語られ、王太子に芸術サロンを開くようお願いしてほしい……という要求をされるエピソードだ。

≪だからね、サロンの選択肢でジェラルドを拒否して正解だったと思うよ≫

あの時もし、レミリアがジェラルドに連れ去られる選択をしていたなら、エンディングはジェラルドと迎える可能性が高くなる。