翌日、葉月はまだ眠たい目を擦りながら出社した。

普段ならここでスマートフォンを操作したり仕事の準備をしたりするのだが、今日に関しては何もせず、ただ椅子に座って仕事が始まるのを待った。

そこへ元気よくやって来た朱里が「おっはよー」と座っている葉月に向かって言うと、荷物を置いて自分の席に座った。

放心状態になっている葉月は「あ……朱里さん、おはようございます……」と気の抜けた挨拶を朱里にした。

それを聞いた朱里は葉月の様子を変に思ったのか、「何かあったの?」と声をかけた。

「何でもないです」

「何でもないように見えないんだけど?」

「いいんです。私のことは放っておいてください」

「もう、一体どうしたって言うの」朱里が呆れながら言った。

 昨日の帰り、翔が葉月に告白してきたことで、葉月はそのことしか考えられなくなっていた。だから昨晩はあまり眠れていなくて寝不足気味だ。

 あの後、『付き合ってください』と翔は葉月に言った。それで葉月が『今すぐ返事はできないから、考えさせてほしい』と言うと、翔はその答えが想定内だったのか、『わかりました』と落ち着いた様子で言ってきたんだ。

あれからと言うもの、葉月は告白の返事をどうすればいいかわからずに困っている状況だ。

 考えに耽っていると思わずあくびが出て、葉月は手で口元を隠した。

「あ、いた。長谷川さん」

 声が聞こえた途端、葉月は驚いて体がびくついた。見ると、早坂がいた。

 先程のあくびが見られていないか心配になりながらも、「早坂さん」と葉月は言った。

「どうしたの? 何か心ここにあらずって感じだね」

 とりあえずあくびは見られていないようだ。それがわかると葉月は胸を撫で下ろした。

「そうなんだよ、早坂。何とか言ってやって」

「何とかって言われても……そうだ、今週の土曜空いてる?」

机上にある十月の卓上カレンダーを見て予定を確認すると、「今週の土曜日は━━空いてます」と葉月は言った。

「またフレンチトーストの美味しいお店見つけたんだ。暇なら一緒に行こうよ」

 いつもなら素直に喜べる早坂からの誘いだが、今日は翔のこともあってあまり喜べなかった。

 しかし、せっかくの早坂からの誘いを断るわけにもいかず、「そうなんですね。ぜひ行きたいです」と葉月は言った。

「よかった。じゃあまた連絡するね」

 早坂が去ると、すぐに葉月は辺りを見渡した。まだ仕事が始まるまで時間があるため、他の社員は出社していない。葉月は今の現場を見られているのが、幸いにも朱里だけでよかったと安心した。仮に見られていたら、社内の噂の的にされるか、女子社員の嫉妬や僻みの対象になっていただろう。

「ちょっとー、葉月。よかったね。早坂からデートに誘われたじゃん」

 返答に困った葉月は何も答えないでいると、「私知らなかったよ。葉月と早坂が仲いいなんて」と朱里が続けて言った。

「朱里さんこそ、月野さんとはどうなんですか?」

「私? ふふふ。実はね、慶とよりを戻したんだよ」

「えっ、それ本当ですか?」驚いた葉月は目を見張りながら言った。

 朱里が頷くと、「おめでとうございます! よかったですね!」と軽く拍手をしながら葉月が言った。

「これも葉月のお陰だよ。感謝してる」

「私は別に、何もしてないですよ」

「そんな謙遜しなくてもいいんだよ。だからもし葉月が早坂のことを好きなら、私は応援したいって思ってる」

 朱里はそう言っているけど、早坂のことを好きだと思ったことはまだ一度もない。

もちろん先輩としては好きだけど、恋愛感情があるわけではない。これから、今よりもっと関わっていくうちに、早坂のことを好きになったりするんだろうか。

翔だけでなく早坂のことも考えたら、葉月は途方に暮れるばかりだった。

 気分を変えようと思い、スマートフォンを手に取り画面を見ると、翔からラインが来ていることに気づいた。

ラインの内容は、『葉月さん、今週の日曜もし空いてたら、またパンケーキ食べに行きませんか?』と言うものだった。

翔が告白してきたのはつい昨日のことだと言うのに、もう遊びに誘って来ている。これではまるで告白など何もなかったように思える。

翔の積極的すぎる行動に、葉月はたじろぐばかりだった。

「え? この翔って子、誰?」いつの間にか隣でラインを盗み見していた朱里が言った。

「ちょっ、朱里さん! 勝手に人のライン見ないでくださいよ」葉月はそう言うと、画面を朱里から見えないように隠した。

「別にいいじゃん。それより誰なの? 私初めて聞いたんだけど。詳しく教えてもらおうじゃん」

 朱里に詰め寄られた葉月は、仕方なく翔のことを詳しく教えることにした。詳しくと言っても、生まれ変わりのことに関しては省いて説明するつもりだ。

 葉月は早速、翔と出会ってから仲良くなるまでのこと、父と仲直りをさせてくれたこと、告白をされたことなどを順に説明した。

朱里は終始にやにやしながら話を聞いていた。

朱里に説明していると、思い返せばここ数ヶ月だけでいろんなことがあったなと葉月は改めて思った。

やがて説明が全て終わると、「なるほどね。昨日その翔くんって子に告白されたから、今日の葉月の様子がおかしかったんだね」と朱里が納得したように言った。

「そうなんですよ」

「ふふふ」と朱里が謎めいた笑いをすると、葉月は頭の上に疑問符を浮かべた。

その後、葉月は後悔するように頭を抱えた。

なぜかって、仕事が始まるまでの間、早坂と翔のどっちにするつもりなんだと、朱里がうんざりするほど問い詰めてきたからだ。

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