CHAP 7



――それは、今から十六年前の出来事。

かつては世界を救い英雄と崇められた魔法使いは、この世に失望していた。
どれほど強大な魔力を持ち名誉も富も手に入れたところで、たったひとつの愛も手に入れられないのだと。彼は己の無力さを嘲笑い、嘆き、そして自分の手で救ったこの世界を憎んだ。

あれほど輝いていた景色の全てが陰鬱に濁って見えた。人々の羨望の眼差しが、哀れみと嘲笑にしか感じられない。信頼や愛などという言葉を信じていた自分があまりに滑稽で涙が出た。

彼はふさぎ込み、女が残していった赤ん坊にさえ顔を見せなくなり、しまいには赤ん坊から逃げるように領地を出て王都へ行ってしまった。

そんなときだった。とある客人が彼を訪ねてきたのは。
ディーはその客人を知っていた。
男の名はザハン・ル・マジァ。バリアロス王国秘密機関・Danu(ダヌ)――国王と極一部の魔法官しか知らない、国王直属の特秘組織――の最高責任者だ。

Danuは魔物たちから国を守るため、或いは他国との戦争のため、あらゆる魔法の実験や研究をしている。
しかしそれは人としての道を外れる研究であったり、数多の犠牲者を出すことも厭わない、決して公には出来ない研究機関だった。

ディーも以前からDanuのことは聞かされ、研究に協力して欲しいと国王に打診され続けていた。しかしDanuの研究は人が犯していい領域を逸脱しており、ディーは協力を拒み続けていた。

ザハンが訪ねてきた理由はいつもと同じだった。Danuの研究に協力して欲しいと。
いつものディーだったらにべもなくそれを断っていただろう。しかし、このときの彼はまともな精神状態ではなかった。

倫理も道徳も、どうでもよい。守りたいものも信じたいものない。
いっそ世界も人間も魔法も、すべてなくなってしまったらどんなに楽だろうとさえ思っていた彼は、初めてDanuの実験に協力することを承諾した。



Danuが推し進めていた研究は、おぞましいものだった。