そう、私には親が決めた婚約者がいる。

北大路優人(きたおおじまなと)さん三十歳。

A&Bの副社長で次期社長、現在はアメリカ在住で二年合っていない。

メールや電話は時々あり、誕生日などには必ずプレゼントが届いている。

玲奈は何を考えているかわからない瞳で、涼を見つめた。

「私は彼が帰ってきたら結婚するのよ」

「玲奈はその人のこと好きなの?」

「さあ……」

「さあって……そんなので良いの?結婚って好きな人とするものだよ。俺にしときなよ」

いつの間にか涼の手は玲奈の両手を握り締めていた。玲奈を強い視線が射貫く。

「俺じゃダメ?」



結婚は好きな人とする……そんなこと知ってる、わかってる。

涼の言葉が胸の奥に黒い墨を垂らしたようにジワリと広がっていく。

胸の痛みに耐えかねて玲奈はその場から、逃げ出す様に走り出した。

どれぐらい走っただろうか、振り返ると涼は追いかけては来ていなかった。玲奈の視線の先には

オフィスビルガ見え、そんなに遠くまで来ていないことがわかる。乱れていた呼吸を整えるよう

に大きく深呼吸を繰り返す。

その時、鞄の中からピピピ……っとスマホが鳴り、SNSの内容に目を見開いた。

その内容は……



来週日本に帰国する。

会えるのを楽しみにしている。   優人




玲奈はヒュッと息を呑み、その音は暗い夜の町に吸い込まれた。