気になる女がいる。

部下の桜庭美緒だ。

桜が満開で、夜桜を眺めている横顔が、なぜかもの悲しい。

「落としてみます?」

細いアーチ型の眉を片方だけ器用にあげ、意味ありげな笑みで言ってきたのは、川奈瑞穂、もう一人の俺の部下だ。

「何のことだ?」

とぼけてみたが、鼻で笑われた。この女は侮れない。

「とぼけたってだめですよ。私の目はごまかせないんですから」

「……」

分かりやすいのだろうか。だとしたら、困ったものだ。

見ているだけでいいとは思っていなかったが、随分長くかかってしまったようだ。 
 
毎年恒例の歓送迎会。3年目を過ぎた社員には、異動の希望を聞いている。部署の異動と新入社員や中途採用の社員を中心に宴会を開催していた。

そこで飲む彼女は、深い傷を負っているとは想像もつかない明るさで、場を盛り上げていた。

「一ノ瀬さん、向こうに行きませんか?」

川奈は、カウンターの席を見た。

「少し、お話ししたいことがあるんです。カウンターなら静かですから」

「そうだな」

いつなく真剣な川奈に、深刻な相談を俺にしたいのかと思っていたが、それは違っていた。

「美緒を救ってくれるのは一ノ瀬さんしかいないんです」

お願いというより、懇願だった。

「どう言うことだ?」

「美緒は大学の時に彼氏を亡くしているんです。その彼が忘れられなくて、いままでずっと悲しみの中で生きているんです」

たまに見せるもの悲しい雰囲気は、このせいだったのか。

「それで?」

「自分は一人でいいと……」

さすがに俺も参った。男で痛い目にあったとか、よくある話だと思っていたが、そんな軽いものじゃなかった。