【美濃side】

 斎藤道三死後、人質の役目を果たせなくなった私は、小見の方の実家である美濃国の明智光安(あけちみつやす)を城主とする明智城へと帰された。

 信長には寵愛する側室もいて、子供のいない私が疎ましくなったのだろう。

 私が帰蝶の身代わりだと知っている者は、小見の方と明智光秀のみ。お世話になっている明智光安も知る由もなく、私を帰蝶であると信じ、受け入れて下さったに過ぎない。

 信長から解放されても尚、私はまだ声を取り戻すことはなかった。

 動乱の世で、斎藤家よりずっと仕えていた多恵や数名の侍女と共に、明智城にて過ごす。

「帰蝶様、明智光秀殿のおなりでございます」

(光秀殿……!?)

 私は微かな胸の高鳴りを抑えることができなかった。信長に輿入れしたあとも、常に緊張状態が続き、辛い生活を強いられていた。その心を鎮めてくれたのは、光秀からの文だった。

 いつしか私は……
 光秀からの文を心待ちするようになり、心の中で秘かに光秀を慕うようになった。

 その光秀が明智城に訪れ、喜びから感極まる。

「これは於濃の方様。見目麗しく息災で何よりでございます」

(光秀殿も、息災で何よりでございます)

 光秀は人払いをし、私と2人きりになる。

「於濃の方様、実は叔父上様亡きあと、あとを追うように帰蝶が病にて亡くなりました」

(帰蝶様が……)

「一時は病も回復し、話しも出来るまでになりましたが、人目を避けずっと離れの屋敷に隠っておりましたゆえ、心を病み再び床に伏せるようになったそうにございます。亡くなりしあとは叔母上様が密葬にされたとのことです」

(……そうですか)

 斎藤道三も小見の方も帰蝶の幸せを思い、身代わりに私を輿入れさせ、帰蝶を離れの屋敷に匿まっていたが、その親心が帰蝶の体だけではなく心まで蝕むとは……。

(なんと、お(いたわ)しい……)

 不憫な生涯に胸が苦しくなり涙が溢れる。戦国の世に生まれ信長に嫁ぐはずだった少女が……、その存在を知られることなく若くして命を落としたことに、涙が止まらなかった。