【紗紅side】

 ――2016年1月――

「小遣いくんない?」

紗紅(さく)、昨日も渡したでしょう。夜遊びするお金は渡せない。これは大切な生活費なの」

「あんなはした金、一瞬でなくなっちまうんだよ! 早く金よこしなよ!」

 あたしはダイニングテーブルの脚をガンッと蹴飛ばす。母は擦り切れた財布を握り締めたまま床に蹲り肩を振るわせた。

 色褪せた安物の財布は、数年前の母の日にあたしが買った1,000円の品。まるで当てつけのように、母はその擦り切れた財布を未だに使用している。

 あたしは貧乏な暮らしに、うんざりしていた。辛気臭い母の顔も母の涙もうんざりしていた。

「紗紅、いい加減にしなさい。お金をなんだと思ってるの? 家は母子家庭なのよ。このお金は母さんが働いて稼いだ大切なお金なの。紗紅が夜遊びするために母さんが働いてるわけじゃない。私達を高校に通わせるために、必死で働いてくれているの。紗紅、わかってるの?」

 成績優秀で優等生のお利口さん。
 年子の姉、美濃(みの)が母を庇う。

「家族想いの優等生。貧乏なんか気にしないみたいな善人面して、あたしに説教なんてすんな! どこにいても美濃と比較され、あたしがどんなに惨めな思いでいんのかわかってんの?『美濃ちゃんは優秀なのに』『美濃ちゃんは大人しくて真面目なのに』『美濃ちゃんは、』『美濃ちゃんは、』もう、そんな台詞はうんざりなんだよ!」

「紗紅、もうわかったから。母さんが悪かったわ。お金上げるから、美濃にあたらないで。いくら必要なの?」

 色褪せた財布のファスナーを開け、ガサガサとお金を漁る母を美濃が制する。

「母さん! 紗紅にお金を渡さないで。お金を渡すから紗紅が夜遊びするの。紗紅を甘やかせているのは母さんなのよ。そんな優しさ、紗紅には通用しないわ!」