その日は 昼過ぎまで よい天気だったのに。

午後 回った 取引先を 出た頃から

雲行きが 怪しくなってきて。


次の取引先まで 電車を 乗り継いで。

駅を 降りた時には 

叩きつけるような雨が 降っていた。


傘を持っていなかった俺は 駅を出られずに 立ち止る。

キオスクで 傘を買うか 雨が止むまで 様子を見るか。


どうしようか 空を見上げていると

バッグを 頭に乗せた 女性が 

俺の方へ 走り込んで来た。


俺の隣で ハンカチを取り出した びしょ濡れの女性。

俺は そっと その女性に 視線を向けた。


「岩瀬さん。」

「ヒャッ。」

ハンカチで 雨を拭っていた女性は

俺を見て しゃっくりのような声を出した。


「大丈夫?」

俺は 自分のハンカチを 早苗に差し出す。


「寺内さん…」

「覚えていてくれた?」

大きな目を 見開いて 俺を見つめる早苗。

俺は 無理やり ハンカチを 早苗に押し付け。


「急に いなくなるから… 心配したんだよ。」

早苗は 俺のハンカチで 濡れた髪を拭った。

「……」

「少し 時間ある?話したいんだ。」

「はい… でも私 びしょ濡れで…」

「そのままじゃ 風邪ひいちゃうか… これから どっか行くの?」

「いいえ。家に帰る所です。」

その時俺は 絶対に 早苗を 離してはいけないと思った。


「じゃ タクシーで送るよ。岩瀬さんが 着替えるまで 待つから。」

「寺内さん 仕事の途中でしょう?」

「いいよ。急ぎじゃないから。このまま 直帰ってことにするよ。」


俺は スーツの背広を 早苗に掛けて

タクシー乗場まで 早苗と走った。