ひと目見た瞬間、世界の音が遠ざかった気がした。
 息をするのも忘れて、まばたきすら惜しんで
 私は紅葉の嵐の中に佇む君の姿を飽きることなく
 ただひたすらに見つめていたんだ――。

 あれは、中学三年生の秋のこと。
 お母さんと高校見学に来ていた私――六実楓は、弓道場に向かっていた。
「楓、見学するのはこの高校が最後だけど、ちゃんと決められそうなの?」
 隣を歩くお母さんは、私のことなのに、私以上に心配そうな顔で尋ねてくる。
 今年の五月から、いくつもの高校を見学してきたのだけれど、これといって惹かれる学校はなかった。とはいえ、二ヶ月後には願書を提出しなければいけないため、これが最後の高校見学と決めていた。
「……もう、弓道部があるところなら、どこでもいいかな」
 私は中学から弓道をやっている。もちろん高校でも続けるつもりなので、弓道部のある学校が絶対条件だった。
「もう、そんな適当に決めて……って、あっ」
 話の途中で、お母さんは立ち止まる。それから慌ただしくカバンの中を漁ると、眉をハの字にして私を見た。
「お母さん、ハンカチをトイレの手洗い場に忘れてきちゃったみたい。取りに戻るから、楓は弓道場に行ってて」
「うん、わかった」
 しっかり者のようで、おっちょこちょいなお母さんに背を向けて、私はパンフレットを頼りに弓道場に向かう。
 やがて、パンッと矢が的にあたる音が耳に届いた。私にとって馴染み深い音だから、聞き間違えることはない。私は体育館に隣接する外廊下を足早に進む。すると、高いフェンスに囲まれた弓道場が見えてきた。
 ……誰かが練習してる?
 今日は残念なことに弓道部の活動が休みだと、あらかじめ先生から聞いていた。
 なので射場がどんななのかを確認したら、すぐに帰るつもりでいた。
 でも、練習している先輩がいるなら、少し見学したいな。