待つのは、嫌いだ。

僕は幼い頃からそれが嫌いだ。静寂な夜が、あの堪え難い過去を鮮明に映し出す。
塗りつぶしても、塗りつぶしても鮮やかに僕に、僕は幸せになれないと告げてくるあの過去。美矢が来てから、色褪せ始めていた気がしてたのに。


島中の猫達が色んな場所でごろりと体を休めている。ある者は群れをなして団子になり、ある者は孤独に草に身を寄せながら。


美矢は言うなれば後者だろう。
最初から最後まで、僕に寄り添うような素振りで、なのに僕が距離を詰めれば一定のパーソナルスペースより先には近づかせてくれなかった。

こうなると分かっていたなら、きっと首根っこ掴んで無理矢理にでも抱き締めて離さなかっただろう。


君の口が音を紡ぐのを、君が縁側で胡座をかいてギターを弾く姿を、ふとスローモーションで思い出す。
喋りは抑揚のない、比較的低い音なのに、歌うと柔らかく高い、鼻の奥を響かせたようなあの歌声。

日常になりつつあったあの歌声。さっきまでずっとそばにあるものだと、心のどこかで過信していたんだ。


べとりと肌にひっつくような空気を重く、重く感じながら僕は走る。
多分もうこの小さな島に存在しない君の丸くなった後ろ姿が0.1%でもあると信じながら。


月は、変わらず満面の笑みで僕を照らしているというのに……

美矢、君はどこにもいない。