自宅に戻り、母親がお茶を淹れるというのを断り、自室に引っ込んだ。
ジャケットは脱ぎ、カウチソファに無造作に置く。スーツの襟を緩め、ネクタイを外してジャケットの上に放った。
それから、自身の身体をワークチェアに預けた。

とてつもなく疲れた。料亭で何を食べたのかもたいして覚えていない。親たちの陽気な笑い声ばかりが耳に残っていて、疲労感を煽る。

思えば、この二ヶ月疲れることの連続だった。
七月、弟の傑が突然、婚約を破棄し、別な女性と結婚すると言いだした。
八月、今度は俺の婚約者が消えてしまった。
そして九月末の本日、俺は傑の元婚約者の咲花と婚約をした。
……精神的にとんでもなく慌ただしい日々だったことは間違いない。

すべての始まりは弟の婚約破棄。傑が突如として俺と両親に言い放った『結婚を前提に交際している女性がいる』発言にさかのぼる。
傑は冷静で頭の切れる男だが、次男特有の自由さと主張の強さがある。父親の経営する陸斗建設には入らないと大学時代に宣言し、今は広告代理店のエース営業マンだ。父は躍起になって傑を陸斗に入れようとしているけれど、いまだにまったく靡かない。

しかし、幼馴染ではとこの婚約者・咲花とはうまくやっていると思っていた。
ふたりは子どもの頃から姉弟のように仲良く、俺も含めて三人で兄妹弟のように大きくなった。その咲花を傷つけるようなことを傑がするとは思わなかった。