暗い。どこを見ても真っ暗闇。見えていた明るい色は無くなり、掴んでいた温もりは冷たくなっていく。暗く冷たい世界。

「誰もいないの…?皆、どこに行ったの…?」


「…のせいだ。」
「え…?」

「私たちが死んだのはお前のせいだ……。」

黒い何かが私の身体を締め上げる。たくさんの声が頭の中で木霊する。そうだ、この人たちは私のせいで死んだ人たち。
私を怨むたくさんの人たち。

「ごめんなさい……ごめんなさい…。」

≪ごめんなさい!≫

「はっ…!」

ハッと目が覚めると私の目の先には大きく華やかなシャンデリアが天井からつるされている。シルクで作られたと思われるソファー。細かいガラス細工が施されたテーブル。

ここはどこ…?


「あ、花月ちゃん、目を覚ましたよ!」
「うるさいですね、聞こえていますよ。」

「あの…ここは…?」
「ここは俺らの屋敷だ。水、飲むか…?」
「あ、ありがとう…ございます。」

そうか…本当に、もうあの屋敷から出てきたんだ。

水を受け取り静かに飲み込む。水の冷たさが昨日のことが嘘じゃないという現実を私に突きつける。

「安心しろ、セキュリティーもしっかりしてるしここにいれば危険な目に遭うことはない。」

「私は……何のために守られるのですか…?家も…家族も…何もかも失ったのに…何のために…生きればいいのですか…?」
「それは……。」

「この話は、まだ先と考えていましたが、先に話しておいたほうが良さそうですね……。」

「花月ちゃんはね、僕たちの花嫁候補なんだよ。」
「花嫁候補…?」

「アダムとイヴの存在を知っていまよね?アダムとイヴ…私たち…そして貴女たち生命の始祖です。私たちはアダムとなり対になるイヴの女性を探しています。吸血鬼の繁栄を目指すために…。私たちにとってのイヴは極上の血を持つ女性。貴女みたいな人です。」
「極上の血…?」

「極上の血をもつ女を花嫁にもった吸血鬼は特別な力を得て、何代も続かせることができる…。そして、どんな偉い立場にも。」

「だから、生贄の花嫁って言われてるんだよね。でも今までいろんな女の子を試してきたけど、僕たちに合う女の子はほとんどいなかったよね…。」

「その方々はどうなったんですか?」


私の言葉にその場が静まり返ってしまった。聞いてはいけないことだったのか、彼らも目を伏せるようにしていた。


「ほとんどが命を落としてしまいました…。」
「それって…死…?」

「でも、大丈夫だよ。契約を結ぶまでは。」
「契約…?」

「まあ、それは追い追い話すよ。とりあえず今はこの屋敷で暮らすってことだけ分かってくれてればいいから。」

「本当にここにいれば安全なのですか…?」

出逢ったばかりの彼らに縋ろうと思う自分がいるのはなぜだろう。助かりたいから…?安心できるから…?

「少なくとも今は安全でしょう。来るべき時までは。」

「さ、なんか暗い雰囲気になっちゃったから明るくいきましょう。仲良くなるためにまずは自己紹介ね。アタシの名前は黄之丈泰揮(きのたけ たいき)です。泰揮クンて呼んでね。」

私の手を握りブンブンと振り回す。何といえばよいのか…個性的ね…この人。

「聖…緑川聖(みどりかわひじり)だ。」

寡黙…いや、謙虚な人なのだろう。こういう人はあまりお会いしたことないけれど…。

「かわいい僕が桃瀬奏(ももせかなで)。僕以上に可愛いものなんてこの世にはないから。」

本当にいるんだ、こういう人。自己愛が強いのね…

「そして、私が藤林悠夜。この屋敷の最年長です。何か困ったことがあったらいつでも私に言ってください。」

この方が1番まともそうに見えてくる。


「で、俺が赤羽劉磨。とりあえず、こいつ連れてきたから俺は部屋に戻る。」

私を助けてくれた人だ。


「待ちなさい、劉磨。」
「もう俺の役目は終わっただろ?疲れたから寝る。」

「まったく…協調性というものがありませんね。まあ2年前のことがあったから無理もありませんが…。」
「2年前…?」

「お気になさらず…それでは貴女の部屋をご案内します。歩けますか…?」
「はい…。」

さあ、といって2階へ案内される。長い螺旋階段を上ると扉がたくさんある通路に出た。ここは廊下…?


「こっちだよ、こっち。」

桃瀬さんに引っ張られながら部屋に入る。中はとても広く自分の部屋以上に家具が取り揃えられていた。

「うわ!すごく広い。」
「でしょ?とりあえず、クローゼットに何着か服は入っているから好きなように着てね。あと、隣は劉磨と聖、反対側が悠夜と僕、あっちの奥の部屋は泰揮の部屋と研究室だから何か困ったことがあったら気にせず言ってね。」

「は、はあ…?」

「飯は7:00,12:00,18:00にさっきの大広間だから遅れるなよ…。夜はめったに食わないけど…。お風呂場は大広間の奥…。」

「ちょっと聖、もう少し愛想よく言えないの?」
「だって、女ってよくわからない…。」

「聖は紳士なんだか奥手なんだか…。じゃあ、僕たちはそろそろ行くから。夕食まであと1時間くらいしないけどゆっくりしてね。」

「あ、ありがとうございます…。」

そういって彼らは部屋を出て行った。ゆっくりして、と言われても何をしよう。…普段なら、勉強にお稽古、やることが山積みで休む暇などなかった。それに、まだこの屋敷が安心できる場所だとは思えない。そんなことを考えながら部屋を見渡す。


「それにしても、広い…。」

広すぎて落ち着かない。屋敷での私の部屋もこのくらい広かったが爺や、メイド、たくさんの人がいたから広さなどあまり感じなかった。大きなダブルベッド、人がたくさん入れそうなクローゼット。テレビや机などもあり生活に困らないよう家具が充実している。

私は…もう戻ることができる場所はない…こんなに家を恋しいと思ったことなどあっただろうか。お父様、お母様、爺やに会いたい。そんなことを考えながらベッドに腰掛ける。


「あの人たちを信じた先には何があるんだろう…」


いろいろなことを考えているうちに瞼が重くなっていく。


幼いころ家族で過ごした日々を夢で見た――――