時は奈良時代。碁盤の目状に道路がとおる平城京では貴族を中心に天平文化が栄えている。

中国の唐を真似て作られた赤い柱が特徴的なこの屋敷には、多くの人々を虜にしてしまうような美しさを持った貴族の娘がいた。その名は桜鈴(おうりん)。

長く美しい黒髪をまとめ、鮮やかな花柄の朝服を身に纏った桜鈴を一目見ようと多くの貴族が毎日のように屋敷を訪れる。しかし、桜鈴は誰とも会おうとはしない。その理由はーーー。



「桜鈴様!また殿方のお誘いを断られたのですか?」

「ええ、私は貴族の殿方に興味はないもの」

地方の伝承や産物がまとめられた風土記を読む桜鈴に、警護を担当している時雨(しぐれ)はため息をつく。そして風土記を相変わらず読んでいる桜鈴に言った。

「桜鈴様、あなたもそろそろご結婚を考えなければならない時期です。貴族の娘たるもの両家に嫁ぎ、血を絶やさぬようにするのがあなたのお役目です」

時雨の言葉に桜鈴はため息をつく。胸が何度目かわからない痛みを発した。