「ただいま。」

2階のベランダで洗濯物をとりこんで種類ごとに4つのカゴに分けて入れていると、お母さんが仕事から帰宅した。

「おかえり・・・お母さん、これ一桁間違えたでしょ。」

毎月5日にお小遣いをスマホ決済アプリに入れてもらっているが、今日は初めて見るような高額が入金されていたのだ。スマホを差し出しながら言うと、お母さんは静かに微笑んだ。

「大学生になったら服もメイクコスメも必要だし買ってきなよ。爽乃ってば土日の模試とか夏休みに学校の自習室行くのも───うちが狭くて一人部屋作ってあげられなかったからだけど───いつも制服で私服全然持ってないんだもん。土曜日、(きょう)ちゃんと遊びに行くって言ってたでしょ?その時に買ってきたら。」

「でもこんなにいらないよ。」

ふるふると頭を横に振る。

「大学生活に慣れてきたらバイトすればいいから。それまでの間使いな。きっと大学入ったらこんなんじゃ足りないってわかるよ。お母さんは大学行ったことないけど、飲み会とかもあるだろうしさ。お酒飲めなくても払わないといけないからね。」

お母さんはスマホを私の方に押し戻して、更に念を押すように強い視線を送ってきた。

「・・・ありがとう・・・行きたい高校に行かせてくれたことも大学に行かせてくれることも、本当にありがとう、お母さん。」

ずっと言いたかったことがやっと言えた気がした。お父さんもこの場にいたらよかったな。でも、いたら照れちゃって言えなかったかもしれない。卒業して就職したら親孝行しないとな。何をしたらいいんだろう。

「何言ってんの。爽乃があの大学に受かったこと、お母さんすごく嬉しいんだから。にしてもお父さんもお母さんも頭悪いのに、どうして娘はこんなに頭良く育ったんだろうね。」

お母さんに眩しいような眼差しを向けられ、なんだかくすぐったく感じる。

「私はやりたいことをやらせてもらってるだけだから・・・ねえ、お母さんは、高校生活楽しかった?」

聞かなくてもきっと楽しかったんだろうなとわかるけれど聞いてみる。

「もー超楽しかったよ!成績はほとんど2で、数学が1で、体育とか美術とか音楽が3だったんだけどさ。結構サボったし。友達とバカなことやりまくってさ。くだらないことでアホみたいに騒いで笑って・・・若くって無敵だったな。」

お母さんはキラキラとした笑顔で話す。今の私はさっきお母さんが私を見た時のような眩しい目をしているに違いない。

「お父さんとも高校で出会ったんでしょ?」

「そうそう。同じクラスで、元々お互いちょっと気になってたんだけどね、文化祭で同じ係することになって、それで・・・あー青春だなぁ。」

「それから今でも一緒にいるってすごいね。」

「まぁ、何回も別れたりくっついたりしたし、今でも喧嘩ばっかりしてるけど、一緒にいるべき人なんだろうね。」

「そっか。」

重みのあるその言葉に素直にすごいな、と思う。きっと私には想像できないような色々なことがあって、たくさんのことを感じてきたんだろうな。

「爽乃も、大学で彼氏出来るといいね。高校は女子校だったしさ。」

お母さんにさらりと言われて焦った。

「む、無理だよ。私は。」

洗濯物を入れたカゴを持ってリビングに向かった。



『彼氏』という言葉を聞いてカヤくんの顔が浮かんでしまい焦ってかき消し、どうしようもなく後ろめたい気持ちになる。どうかしてる。いくら男子との交流がないからって。

昨日、一緒に思い出作りをしようと言われて驚いた。彼がどういうつもりでそんなことを言ったのかわからない。でもとても嬉しかったことは確かだ。

なんだか彼と出会ってから心の奥をずっとくすぐられているように落ち着かない。明日の約束のことばかり考えてしまい、土曜日に幼馴染みの杏ちゃんと遊ぶことさえ忘れかけていた。

今日は私から連絡してみようかな・・・と思ったけれど、3日連続で会ったり電話で話したりしたのに───会ったのは偶然だけれど───また連絡するのもあれかな、と思って辞めることにした。『明日会うんだし・・・。』と言い聞かせるように心の中で唱える自分に恥ずかしくなり、慌てて洗濯物に手を伸ばした。