「ちょっと待ってね」

「っ、は、はい…!」



赤く染まる街を駆けること数分。

…怖くて下だけを見るようにしていたら、彼がいきなり止まった。そのまま指紋認証とパスワードらしき数字を流れるように入力して、すぐさま扉が開いた。



「エレベーターに酔ったことはある?」

「な…ないです」

「そう。それなら大丈夫かな」



何かの建物に、裏口から入った。それは確かだった。


…赤く染まりゆく街の喧騒が途絶え、屋内に入ったことが分かる。薄暗い通路を真っ直ぐ進むと、黒光りのエレベーター前に辿り着いた。



――…このエレベーターに乗って辿り着いた先に、わたしが売り飛ばされる組織とやらがいるのだろうか。

…せめて莉菜には今までの感謝を伝えるべきだったな。お父さんにも育ててくれてありがとうと一言、言えたら違ったのかもしれない。



(…ばかみたい)



――…なんて、今更。


恐怖で足がすくむのも、心臓の鼓動が苦しいくらいに響いているのも。

あれだけ孤独に怯えていたくせに、最後の最後に手を伸ばしたくなる。…本当、わたしは大バカだ。



身体が死ぬか、心が死ぬか。それはもう変わらないのに。



――チーン…