◇
「ちょっと待ってね」
「っ、は、はい…!」
赤く染まる街を駆けること数分。
…怖くて下だけを見るようにしていたら、彼がいきなり止まった。そのまま指紋認証とパスワードらしき数字を流れるように入力して、すぐさま扉が開いた。
「エレベーターに酔ったことはある?」
「な…ないです」
「そう。それなら大丈夫かな」
何かの建物に、裏口から入った。それは確かだった。
…赤く染まりゆく街の喧騒が途絶え、屋内に入ったことが分かる。薄暗い通路を真っ直ぐ進むと、黒光りのエレベーター前に辿り着いた。
――…このエレベーターに乗って辿り着いた先に、わたしが売り飛ばされる組織とやらがいるのだろうか。
…せめて莉菜には今までの感謝を伝えるべきだったな。お父さんにも育ててくれてありがとうと一言、言えたら違ったのかもしれない。
(…ばかみたい)
――…なんて、今更。
恐怖で足がすくむのも、心臓の鼓動が苦しいくらいに響いているのも。
あれだけ孤独に怯えていたくせに、最後の最後に手を伸ばしたくなる。…本当、わたしは大バカだ。
身体が死ぬか、心が死ぬか。それはもう変わらないのに。
――チーン…