10月下旬、バトラーとしての仕事がスタートして忙しい日々を送っている。

バトラーはホテル内でも別格なエグゼクティブフロアが主な仕事場所なので、全てが特別感が溢れている。特別感に慣れるまでは緊張ばかりで、部屋から見える夜景などに感動している隙間はなかった。

普段はエグゼクティブフロアの常駐バトラーとして働いているので、ロイヤルスイートルームの各部屋の専属バトラーのシフトはごく稀にしか入らない。

専属バトラーとしての初めてのお客様は結婚記念日に来店されたご夫婦で、食事と記念撮影以外のお申し付けはなかった。二人で思い出を振り返りながら、ゆったりとした時間を過ごしたかったのだろう。

その後も順調にバトラーとしての仕事をこなして居たのだが、本日のお客様はお忍びで来る方らしく、今から緊張している。

現在は仕事中の小休憩にて、従業員食堂でティータイム中。

「一颯君に言われて支店に来たけど、本当は本店に帰りたいんだからね。一颯君がどうしてもって言うから来たんだからね」

私の隣でホットレモンティーを飲みながらボヤいているのは本店から引き抜いたバトラーの先輩で、バトラー責任者の高見沢 拓斗(たかみさわ たくと )さん。高見沢さんは私よりも一つ年下だから、一颯さんにとってはもっと年下だ。それなのに関わらず、一颯さんの事を"君付け"で呼んでいる強者だ。付き合っている私でさえ、"さん付け"なのに……。