クリスさんは牢屋から出ることができて。
サクラさんは大喜びだった。

それ以降、私が脱走したことや。クリスさんが牢屋に入ったことについて。
口に出すことは許されなくなった。
クリスさんに謝っても「もう、その話はいいよ」と言われてしまう。
どうして、誰も私を責めないのだろう?
言われないなら、言われないで。
哀しいし、傷つく。

蘭のお嫁さんになって身分が高くなったとはいえ。
誰かを傷つけることなんて決して許されることではないのに。
私は自分のことしか考えてなかった。
愚かだな、私。
自己嫌悪でいっぱいになる。
色んなことが頭の中でぐーるぐると回っていて。
何もかも、考えるのを辞めたくなる。
「ライト先生、お疲れ様でした」
玄関で先生に別れを告げる。
授業が終わると。すぐにバラ園に行くのが私の日課になった。
蘭にフェイスベールを奪われてから、この二か月素顔のままだ。
シュロさんは、毎朝会うたびに「うぉ」と驚くのだが。
それにも慣れてしまった。
クリスさんと渚くんは「綺麗」だとか「今日も可愛い」とほめてくれるけど。
お世辞だってことはわかっている。

バラ園を訪れてみたけど。
今日は珍しく誰もいなかった。
いつもだったら、渚くんは絶対にいるのに。
「おかっしいなー」
と思い、バラ園をうろうろしてみたが。
渚くんとクリスさん。それどころか、ビビまでも現れず。
結局、部屋に戻ることにした。

玄関前まで歩くと。
蘭の声がしたので。
帰ってきたのかなと思い、門のほうへと目をやる。
蘭はビックリするぐらい声が大きい。
私に対してだけ大声なのかと思えば。
日常会話が既に大声らしく。
どんなに遠くにいても、蘭の声は響き渡る。

門の前には、やはり蘭がいた。
黒っぽいスーツ姿だ。
だが、驚いたのは蘭が誰かと話していたことだ。
見たことのない男の人だった。

蘭と背丈は同じくらいだろうか。
金色の髪がサラサラとなびいていた。
目元には大きなサングラス。
だから、素顔は見えない。
白いシャツにズボン。
護衛の人かな? 

思わず、じっと眺めていると。
サングラスをかけた男の人が、こっちを見た。
続いて、蘭も私を見た。
「おいっ、あっちいってろ」
蘭は、怒った顔で私に言った。
「…ごめんなさい」
猛スピードで家の中へ入る。

もしかしたら、蘭の顔に泥を塗ってしまっただろうか。
心臓がドキドキとする。
私がお嫁さんだって紹介するのも、恥ずかしいんだろうな。

それにしても。
あのサングラスの男の人。
どこかで、見たような・・・?
スペンサー家で働いていた人かな。

「カレン、何ぼーとしてるの」
突如、サクラさんに話しかけられて我に返る。
「いえ、何でもないです」
私は急いで、部屋へ戻ることにした。