「嘘でしょう?」

 落胆の声と共に吐き出された白い息が溶けて消える。

 透き通った冬の空気は、メアリの滑らかな頬を冷やし、生成り色の上質なドレスを纏うその身をぶるりと震わせた。

(まさか逆の方向に進んでいたなんて)

 一体どこで道を間違ってしまったのか。

 いや、間違っていたのは自らの力を過信した自分だ。

 筋金入りの方向音痴にも拘らず、ひとりで部屋に戻ることを選択したのだから。

 よりにもよって、こんな大切な日に何をやっているのだと、メアリは肩を落として美しく整列する柱廊から西庭園の奥に見える王の塔を眺めた。

(天国の父様と母様も、きっと呆れてるわね)

 メアリの両親である、アクアルーナ王国の元国王とその妃の眠る墓に花を供え、そっと手を合わせたのはほんの半刻ほど前のこと──。


 朝露に濡れる短い草の上に膝をつき、いよいよ今日、戴冠式が行われることを報告した。

 ヴラフォス帝国の侵略と策略により、予定よりもひと月以上遅れてしまったが、無事にこの日を迎えることができたのも、両親の英断があってこそ。

 幼いメアリが暗殺により命を落とすという予言を受け、誰の者とも知れぬ魔の手から我が子を守ろうと下した苦渋の決断。

 生まれて間もなく誘拐に見せかけ、信頼できる者へと我が子を預けた両親の計り知れない愛情に、メアリは改めて深く感謝した。

『アクアルーナが永く続く国となるよう、精一杯、尽力していきますね』

 安心して自分に任せてくださいと言えるほど優秀ではない自覚はある。

 人々の上に立って導くにはまだまだ未熟であり、その道が険しいものだということも、自分が王女なのだと告げられてから今日までに痛いほど感じてきた。

 だからこそ、支えてくれる者たちの手を借り、唯一の後継者として責務を全うすべく、水の都アクアルーナを守り抜いていく。