最初は、キミの気持ちなんてどうでもよかったんだ。

自分の欲求が満たされればなんでも。

それなのに。

気が付いたら、振り向いて欲しくて必死になっていた。

その笑顔を、俺だけに向けて欲しくて。

傷つけたくない。
守りたい。
そう思ったから。



「郁田さんがメッセージくれた日。すごい焦ってて。スマホ、家に忘れまたまま慌てて家を出たんだ」

頭を起こしてそういえば、郁田さんの「えっ……」という声が階段に響いた。

本当は、行く前にちゃんと説明したかった。
全部。

だけど、これっぽっちも余裕がなくって。

駅についてスマホを忘れたことに気付いた時にはもう遅くて。

ゆりえさんの容態が危ない。
今すぐ駆けつけてあげないと。

『涼々は優しいね』

いつも陰に隠れて怯えていた俺に、その人は不安な気持ちが落ち着くような笑顔でそう言って、頭を優しく撫でてくれて。

『涼々、もしあんたに守りたい人ができたときには、私に紹介するんだよ』

そう俺を見送ってくれたのに。
まだなんの恩返しもできていないのに。

なのに。

ダメだよ、まだ。

まだ行かないで。

話したいことが、たくさんあるから。

俺の足元を照らしてくれる灯火(ともしび)のような子に出会えたよ。その子の話を、聞いてよ。