それからの毎日は、開店準備に大忙しだった。

 前世の日本とは調理道具も違うのだが、そこは王子がスポンサーということもあり、私が説明した道具を、国随一の職人さんに特注して作ってもらえることになった。

 金属製の軽くて大きいボウルや、目の細かい泡立て器、精度のいい秤など、今まで使いにくかった道具が一新された。

 驚いたのは、冷蔵庫まで作ってもらえたこと。鉄でできた扉つきのケースに氷の魔法石をはめ込んで、中が冷たくなるようにしてもらったのだ。大きさは卓上サイズだが、今のところこれで充分だ。暖かい季節になったら、ショーケースにつけてもらう必要があるかもしれないが。

 魔法石なんて、貴族がお守りアクセサリーに使うか、魔法使いが杖につけるくらいしか用途がないと思っていたので、こんな実用的な使い方ができることにびっくりした。

 かまどオーブンも、火の魔法石を使えば温度調整が楽になるらしい。本当に、魔法石さまさまだ。

 お客さまが座って待てるように、椅子とテーブルも置いてもらったし、スイーツを飾るショーケースも設置してもらった。壁沿いの棚には、クッキーやマドレーヌの詰め合わせなど、日持ちする贈答品のセットも置いた。貴族の多い住宅街なので、需要があると見込んでのことだ。

 スタッフについては、まず自分ひとりでどのくらいできるか確かめたかったので、売り子さんだけ雇ってもらうことにした。これで、私が厨房にこもっていても大丈夫だ。

 アルトさんとベイルさんも毎日手伝いに来てくれて、憧れの『自分のお店』が少しずつ形になっていく。ドキドキもわくわくも、日ごとに大きくなっていった。

 そして、開店前日――。

「えっ、パティシエの制服ですか?」

 私が驚きの声をあげたのは、ここにきてベイルさんが予想外のことを言い出したため。

「うん。売り子さんには制服があるだろう? エリーちゃんだけないのもおかしいと思って」
「ふだんの服にエプロンをつけてお仕事しようと思っていたので、大丈夫です。それに、もう時間がないし」

 これだけお店にお金をかけてもらったんだ。節約できるところはしないと、申し訳ない。

「そう言って遠慮すると思って、すでに用意しておいた」

 私とベイルさんが最終チェックをしている中、椅子に腰かけて優雅にお茶をしていたアルトさんが、顔を上げた。

「ええっ、用意しておいたって……」
「ベイル、持ってきてやれ」

 どこに隠しておいたのか、ベイルさんがリボンのかかった箱を持ってきた。

「エリーちゃん。着てみてよ。殿下があれこれ注文をつけて、自分専属の仕立屋に作らせたんだよ」
「アルトさんが……?」

 王子専属の仕立屋さんの品なんて、庶民の私には不相応なんじゃ。
 ちらっとアルトさんの様子をうかがうと、私の不安に気付いたのか試すように微笑んだ。

「大丈夫だ。動きやすく、かつ庶民にも似合うよう注文した。開店祝いなんだから、文句は言わせないぞ」
「アルトさん……」
「着てみせてよ、エリーちゃん。俺も殿下も、楽しみにしてたんだから」
「はい」

 顔を熱くしながら箱を受け取って、私は厨房に着替えに引っ込んだ――。