翌朝メレは十時十分前にイヴァン家に到着した。

「へえ。時間に正確、どころか十分前行動とは感心だ」

「時間くらい守れて当然、お飾りで商会の代表を務めているわけじゃないの。支度ができているのなら、さっさと市場へ案内なさい」

「美しい女性をエスコートできるとは光栄だな」

 差し出された手には無視を決め込み、白々しいと一瞥してオルフェと並んだ。
 ちなみに本日もノネットは『日没までに戻らなければ』の命令で待機させている。

 メレは率先して歩き出すが、明らかに違うリーチでは必然的にメレの方が遅れてしまうだろう。ところがオルフェはメレの歩幅に合わせて歩いていた。常ならば紳士的だと尊敬する行為ではあるが、メレにとっては憎たらしいだけである。

「良い天気だな」

「……そうね。この快晴が嵐に見えるなら色々と手遅れでしょう」

「機会を逃してしまったが、今日のドレスとても似合っている。昨日は随分と大人しい雰囲気だったが、そうしている方がお前らしいな」

「……褒めてくれたことに関しては素直に受け取ってもいいけれど、わたくしのコーディネートに口を出そうなんて余計なお世話。それから、昨日は商会の代表として出向いたのだから当然の格好よ。今日はメレディアナとして出向いているの、着たい物を着るわ」

「お前」

「だから、どうしてさっきから飽きもせずに話しかけてくるの!?」

 かれこれこんな状態が延々と続き、メレは早くも後悔していた。

「目的地まで黙っていればいいでしょう。なに、口を縫い付けて欲しい? ええ、すぐに終わらせてあげますけれど!?」

「無言で歩くなんて退屈だろ。じきに着くんだ、少しくらい付き合えよ」

「ああもう、わたくしの愚か者! どうして一緒に並んで歩くような状況を許可してしまったの……」

 最初から現地集合にすっればよかったのだ。

「嫌なら無視すればいいだろ。律義に答えるとはお人好しだな」

「――っ、うるさいわよ!」

 その通りだと気付かされた頃、一行は市場に到着していた。

 真っ直ぐに伸びる道を間に挟み商店が立ち並ぶ。一歩足を踏み入れれば焼き立てのパンの香りが食欲をそそった。

「賑わっているのね」

 恋人と腕を組んで店を回ったり、子どもがお菓子を手にはしゃいでいたり。誰もがそれぞれに市場を楽しんでいる。自分もその一人になれたら、どんなに良かっただろう。