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人を信じることにはうんざりしていた。

イヤというほど味わったからこそ、人と一線を引いているつもりだった。 

きみを信じていたわけじゃない。

ただ、優しさという名の薬を塗られて、ちょっと気持ちが緩んでいただけ。

だから……こんなに心の奥が揺さぶられて、苦しくなる必要なんて、どこにもない。


学校が終わったあと、私はバイト先へと向かった。混む時にはなにかイベントでもあったんだろうかと思うほど、ひっきりなしに客が訪れるのに、今日は比較的に空いている。

「ありがとうございました!」

はきはきとした声で常連客を見送る頃には、時間は午後九時になっていた。

片付けをするために私はおぼんを用意して、食器を積み重ねる。

「あ……」

コップを持った時に手が滑ってしまい、ガシャンッ!と大きな音をたてて割れてしまった。

「……す、すみません!」

周りに客がいたので、慌てて頭を下げる。散乱しているガラスを拾っていると、指先を破片で切ってしまった。

「汐里ちゃん、大丈夫?」

様子に気づいた女将さんが急いで駆け寄ってきてくれた。

「大丈夫です」

「けっこう深く切っちゃったね。早く手当てしたほうがいいわ」

切ったのは右手の親指だった。うっすらと残っていたニコニコマークが血で滲んでいく。


――『汐里のことを裏切ったあの人は、今の俺の父親だ』

そう告げらた時、沸き上がってきたのは怒りじゃなくて、悲しみだった。

まだ頭の整理がつかない。でも、たしかに晃は私の手紙を持っていた。おそらく中身も確認されているだろう。