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** 戒Side **


伊予原 椿紀の家は近づいても、どこからか漏れてくる光もなく、真っ暗だった。


物音一つしない。


「響輔、お前は表に回れ。俺は裏口から入る」と言うと


「Copy that.(了解)」と響輔が身を低めて玄関口へと向かう。


響輔と二手に別れて俺は、小さな庭を横切り勝手口だと思われるグレーの扉にそっと手を伸ばした。当然鍵は掛かっていて、引いても押しても開かない。


『玄関、クリア』


と響輔の声が耳元で聞こえて、俺は内耳イヤホンをちょっと調整した。俺と響輔は無線イヤホンで繋がっている。



どうやら響輔は玄関からの侵入が成功したみたいだ。タイガにとって伊予原親子のことはどうしても隠しておきたい…同時に大切な存在だから、この家はセキュリティがしっかりしてるかと思いきや、響輔があっさり侵入できたことからして、それ程でもないことがちょっと意外だった。


俺は例の如くナイフで開錠し、扉を開いて中をペンライトで照らしだし、細い光がぐるりと室内を一周したが、人影らしきものは見当たらなかった。


「こっちもクリア」


勝手口から入るとすぐに、キッチンがあり、龍崎家とは比べ物にならない程きれいなシステムキッチンがあった。


キッチン台にまな板が乗っていて、包丁が一本。パプリカだろうか、恐らく切っている最中だったのだろう、不自然に転がっている。


キィ…


裏口で微かな物音が聞こえ、俺は包丁を手に取ると、その音がした方へ包丁を振り被った。


包丁は…所詮家庭用の包丁だ。壁に突き刺さることなく


カラン…と柄の渇いた音だけが響いた。


にゃ~


包丁の落ちた、そのすぐ脇で猫が鳴き声を挙げて逃げ去っていく。


何だ、ネコかよ。


『戒さん?どうしました?』


と、イヤホンから響輔の声が聞こえて


「いや。大丈夫だ、ただのネコだ」


通常ならひとの気配と動物との区別ぐらいつくが、緊張状態の中その音が何なのか判別できない。


半分は耳に入れたイヤホンのせいもあるが。


これは俺と響輔を繋ぐ命綱だ。