「中川さん、おはようございます」

「…ああ、おはよう」

「中川さん、その反応はもしかしなくても寝てないですね?徹夜ですよね」


午前8時50分。いつも通りの時間に研究室へやってきた後輩の浅見くんに指摘され、私は頷いた。彼の指摘はあっていたから。


「そのとおりだよ。…徹夜すると朝とかそういう概念が薄くなる」

「一日徹夜したぐらいならそうはなりませんよ」

「…まあね」

現在三徹目でございます。


ここは世界的に有名な九条財閥の傘下、九条製薬の第一研究室。新しく開発された薬が本当に効果のあるものなのか、副作用はないのかなどを調べる研究室である。新しい薬の開発などは他の研究室が担っている。

第一研究室は夏目室長をボスに私と浅見くんの三人で構成されている。他の研究室に比べたら圧倒的な少なさ。しかし特に人数不足で悩まされることはない。なぜなら新薬は一朝一夕でできるものではない。だから新薬が開発されない限り特に忙しくない研究室なのだ。
もちろんそれ以外にもやるべきことは沢山あるが。


第一研究室に限らず、九条製薬の研究室は他の製薬会社の研究室に比べるとかなり緩い。勿論人に使うものばかりだから、慎重に開発されているし何回もテストを行う。どの研究室も与えられた仕事はきっちりこなしている。

だが逆に言うと、与えられた仕事をこなせば余った時間は自分の研究などに使ってしまってもいい訳だ。多少の研究費は申請さえすれば、会社が出してくれる。さすが天下の九条財閥。そしてこれが理由で九条製薬はかなり人気の企業だ。


私は大学を卒業後そのまま大学院に進学。大学院を修了したあとここに就職し、夏目室長率いる第一研究室に配属された。
細々とした仕事はあるが、新しい薬が他の研究室で開発されない限り、第一研究室は忙しくない。だから一番個人的な研究に時間を使える研究室なのだ。私は大学生の頃から夏目室長とは知り合いだ。その縁もあってここに就職できた。まあ所詮コネ入社だ。


中川美月、27歳。身長はぴったり160センチ。睡眠よりも三度の飯よりも研究が好き。
会社から電車で40分くらいの場所にアパートを借りているが、ほとんど帰らない。
もはやこの研究室に住んでいる。

食事なんて生命の危機を感じ始めたら近くのコンビニでなにか買えばいいだけだし、大学生の頃から研究三昧の生活で不眠症になり眠る必要もあまりない。これも生命の危機を感じれば少し仮眠を取ればいいだけ。研究室にはシャワールームもあるから毎日ここでシャワーを浴びれる。

本当にこの研究室に住んでいる。室長の夏目さんも、後輩の浅見くんも毎日家に帰っているけれど、私は毎日研究室に引きこもる。この生活は私にとって天国だ。どんなときも研究できる環境なのだから。