翌日、私はまた昨日の桜の木の下で一人飲みをしていた。
 一人なので気は楽なのだが、昨日の楽しさが心のどこかに残っていて、なんだか寂しくなった。
 草瀬さん、いいひとだったな。趣味が落語を聞くことだと言っていた。渋いと思ったが、聞いてみようかな、なんて思っている自分がいた。

「桜、綺麗だな」

 桜の見ごろは短くて、その花びらは薄く、風に舞ってすぐに散ってしまう。草瀬さんはそんな桜の木の下で曖昧な約束を取り付けた。どこまで本気なのだろうか。桜のように淡い、恋とは呼べない気持ちだったから来年、としたのだろうか。分からない。なんだかこんなに草瀬さんのことを考えてしまうなんて、私のほうが恋心を抱いてしまったのかもしれない。草瀬さんの優しく、それでいて張りのあるテナーの声が耳に残って離れない。正直好みの声だった。

「来年かあ……」

 私は桜の花びらが散っていくのを見ながら呟き、レモンサワーを飲んだ。
 今日の月は輪郭がぼんやりしていて見ていると不安になった。