授業初日だ。教壇に立つのは初めてじゃない。教育実習、けっこう頑張って、そこそこ評価してもらえたんだもの。

 だけど、ダメだなって、今日、思った。

 四十人ぶんの机を並べられる教室に、たった五人ぶんの机が置かれている。五人の子どもたちとの距離が近すぎる。ですます調で国語の授業を始めたら、子どもたちがクスクスと笑った。

「タカハシ先生の話し方、教科書のごたる。なんか、おかしか」

 なんで? あたし、変なことしてるの?

 不安が、ひたひたと胸を満たした。顔がこわばる。作り笑いを、目と口に貼り付ける。昨夜ひとりで練習したとおりに、授業を進めてみる。頭の中がチカチカ発光していた。板書が乱れる。

「先生、黒板の字、もっと大きく書いて」
「先生、書くの遅かよ?」

 背中に、無邪気なリクエストが刺さる。あたしは振り返って、ごめんね、と笑う。

「あのね、あたしは先生をやるのが初めてだから、いろいろ全然わかってないんです。だから、みんな、たくさん教えてください」

 はーい、と五人のユニゾン。あたしは黒板に向き直って、白い文字をにらみつけた。ひらがなの「の」。教育実習のとき、女子高生みたいな癖字を指摘されて、通信教育のペン字を始めた。「の」って、いちばん難しい。

 深呼吸。

 板書、再開。

 隣のクラスの声が聞こえる。マツモト先生が算数を教えてる。普段はどっちかというと、もそもそしゃべる人だ。でも、授業中の声は、よく通る。

 向こうの声や音がこんなに響いてくるってことは。あたしが何かやらかしたら、マツモト先生にもそれが聞こえるってことか。

「先生、そんげん漢字、まだ習ぉとらんばい」
「えーっと、どの漢字?」
「そぃたい、そぃ」

 教科書と見比べる。「微笑み」じゃなくて「ほほ笑み」。そっか。めんどくさいな、小学生の教科書って。

 じゃなくて。

 頑張ろ。頑張らなきゃ。