☆六花side☆

 ひよこの覚まし時計が、
 いつものように朝6時に
 ピヨピヨと泣き出した。


「学校……行きたくないな……」


 七星くんとクルミちゃんが笑いあう姿……
 今はまだ……見たくない……


 時計のアラームをとめると、
 頭まで布団の中に潜った。


 二度寝って、
 こんなに気持ちがいいんだ! って、

 
 二度寝?


 今の時間は?

 
 キャ!!
 もう、6時55分だ!!


 まずい!まずい!


 朝ご飯を作らなきゃいけないし、
 お弁当も用意して、
 洗濯機もかけて……


 遅刻、確定だよ!!!


 いつも7時に起きてくるお兄ちゃん。


 それまでに朝ご飯を用意しておかないと、
 朝からお兄ちゃんの雷が落ちちゃうよ……


 階段1段飛ばしで駆け下りて、
 急いでキッチンに来ると……


「お……お兄ちゃん?」


 なぜかエプロン姿のお兄ちゃんが、
 お玉と菜箸を持っていた。


「もしかして……
 朝ご飯を作ってくれたの?」


「みそ汁と卵焼きだけな」


 つい、正直な心の声がもれてしまった。


「お兄ちゃんって……料理……作れるの?」


 だって、だって、
 お母さんが亡くなってから、
 お兄ちゃんが家事をしたことなんて
 1回もないんだよ。


 もちろん、料理だって。


「お前な、俺をバカにしてんのか?
 これくらいは誰でも作れるだろ?」


 それならいつも手伝って!って
 思っちゃうけど、それ以上に嬉しかった。


 誰かの手料理が食べられるのって、
 久々だから。


「お兄ちゃんごめんね。
 今からお弁当作るから」


「今日は弁当、いらねえ」


「え? 大丈夫だよ。
 今から猛スピードで作れば間に合うから」


「だからさ、今日はいらないって言ってんだろ。

 それより朝ご飯、早く食えよ。
 せっかく俺が作ったのに、冷めるだろ?」


「うん……ありがとう……」


 あいかわらず、
 上から目線のお兄ちゃんだけど、
 今朝はチビ悪魔くらい
 悪魔感が弱くなっている。


 お兄ちゃんなりに、
 私のことを心配してくれているのかな……


 昨日七星くんに、
 失恋しちゃったから……


「いただきます」


 お兄ちゃんの作ってくれた卵焼きを
 一口食べた。


 こ……これって……


 お……お母さんの味と……一緒!!


「お兄ちゃん、この味って……」


「昨日クローゼットを開けたらさ、
 母さんと料理していた時の
 レシピノートが出てきてさ。
 それ通りに作っただけ。

 母さんさ、幼稚園くらいの時から、
 俺らに包丁持たしたり、
 料理手伝わしたりしてただろ。

 だから俺だって、
 卵焼きやみそ汁くらいは作れる。

 で、どうなの? 味は?」


 おいしくないはずがない。


 お母さんの思い出の味で、
 しかも、お兄ちゃんが作ってくれたんだから。


「お……おいしい……」


 なんで涙が出そうになるのかわからない。


 お母さんを思い出しちゃったからなのか、
 この卵焼きが、
 七星くんのことで深い傷を負った心を、
 優しくふさいでくれたからなのか。


 でも、お兄ちゃんの前で
 昨日みたいに泣くのは悔しくて、
 必死に涙はこらえた。


「お前さ、
 朝から泣いたら余計ブサイクになるぞ」


「な……泣いてないもん」


「じゃ、俺学校に行くから」


「え? いつもより1時間も早いのに」


「テスト前だろ?
 図書室で十環と勉強する約束してんの。

 家だと、誰かさんがピーピー泣いて、
 勉強に集中できないからさ」


 泣く??


 お兄ちゃんの前で泣いたのって、
 昨日だけじゃん!!


 今だって……

 泣きそうだったのを……こらえたし。


「それなら私も、お見送りしなきゃ。玄関で」


「別にいいよ」


 へ? 

 いいの?


 いつもは、
 『俺が玄関に来る前に待ってろ!』とか
 怒鳴るのに。


「でも、行ってらっしゃいの3か条を
 言わなきゃ……」


「ああ~ あれね。 もういいや」


「それって、もう守らなくていいってこと?」


「門限5時はやめてやるけど、
 暗くなる前に帰って来いよ。

 それと、
 へんな男に付きまとわれそうになったら、
 ダッシュで逃げろ。いいな」


「う……うん。

 でも、
 学校でお兄ちゃんに話しかけるのは……
 ダメだよね?」


「別に。 用があるときだけな。

 あと、七星のことで辛いことあった時は、
 俺のとこに来るのを許す」


 お兄ちゃんの急な変貌に驚きつつも、
 嬉しくてしょうがない。


「おにいちゃん、行ってらっしゃい」


 私は初めて、
 お兄ちゃんの見送りの時に、心から微笑んだ。