「幾子、幾子ー」

誰かが私を呼んでいる。
ううん、何?今何時?起きなきゃ駄目な時間?

「幾子ー、朝だ。起きなさーい」

誰かしら?諭?いくら兄同然の諭でも私の部屋に勝手に入ってくるなんて不躾じゃない?
っていうか、そんなに言わなくても今起きるんだから……。

「幾子、ほらくすぐるぞ?いいのか?」

低くて艶っぽい聞き馴染みのない声。……諭じゃない!

ぱっと目を開けると、目の前に金剛三実がいた。
私の夫となった人は、お、と目をみはった。
そうだ。私、東京にきたんだ。昨日は結婚式で……それで……それで……。

「あの!」

がばっと身体を起こして三実さんを見つめる。私……昨日、思い切り殴っちゃったんだけど。
しかし、彼には痣も何もないし、怒っている様子も見えない。どころか、爽やかに微笑んで言うのだ。

「洋服はまだ整理できていないだろう。それなら昨日、着ていた服でいいぞ。着替えて朝食に行こう」
「え、あ、はい」

朝食?ここで食べるのではなく、母屋に食べに行くってことだろうか。

「うちの家族はなかなかみんな揃わない。朝食くらいはなるべく一緒にとりたいというのが亡くなった母の希望でね」

三実さんに言われるまま、私は脱衣カゴのワンピースを被った。メイクはしない。する暇がない。髪の毛だけとかして、ひとつにまとめる。
後について、朝食の場所である広間を目指した。
なかなかに遠い。どれだけ敷地面積があるのかしら。金剛家が並のお金持ちではないのがよくわかる。