猫捜索を切り上げた辰臣と颯太は、救済センターまで戻って来ていた。
時刻は午後九時を回ったところで、元々依頼されていた終了時間からは既に一時間が経過していた。

辰臣は、衣服に張り付くほどに濡れそぼったレインコートを何とか脱ぎ終えると、それを入口横のラックへと掛けた。が、そこから滴る雫が見る間に床に水溜りを作ってゆくのを横目に見て、思わず小さな溜息を零す。
こんな風に知らず溜息が漏れてしまうのは、単に明日の朝イチに水浸しの床を掃除しなくてはならないという憂鬱さからではない。勿論、雨に濡れて冷えきった今の状態も不快以外の何モノでもないが、全ては先程の依頼のせいだった。

迷い猫などの捜索自体は、今までにも何度か依頼として引き受けた事はあった。飼い主の願いと動物たちを救う為ならば、然程(さほど)苦にもならない仕事だと思っていた。少しでも動物たちの助けになればと始めたことなので後悔などしたことはない。それこそ、今日のように冷たい雨の中であろうと、朦朧(もうろう)としてしまう程の真夏の炎天下の中であろうと、だ。
だが、今回の場合は少し事情が違った。
明日には引っ越す予定だという家族と、このままでは離れ離れになってしまう猫を不憫(ふびん)に思い、急な依頼ではあったが引き受けた。だが、指定された時間を過ぎても諦めきれず捜し続けていた自分の元に、颯太が思いもよらぬ情報を持ってきたのだ。

『捜してる猫は、もういないのだ』と。
だから、捜索を止めようと。

初めは颯太が何を言っているのか分からなかった。少し荷物を取りに帰り、戻って来たと思ったら妙に神妙な顔をしてそんなことを言うもんだから、いったい何があったのかと逆に心配したくらいだ。