翌年。

 12月17日の夜。

 『シェアハウス深森』のリビングにて。
 司君が企画したクリスマスパーティーが始まった。

「メリ~クリスマ~~ス!!」
 胡桃がきらびやかな小人の衣装を着て、クラッカーを鳴らす。
 
「メリー・クリスマス…」
 高野さんがそれに続けてクラッカーを鳴らす。…その音は残念ながら今年も不発だったが、トナカイの衣装はやはり高野さんにとても良く似合っている。

「おめでと」
 燈子さんがクラッカーを鳴らす。そのサンタ姿は去年と同様大変シュールだったが、今年も嫌がらずに着てくれた燈子さんは、さすが我が『シェアハウス深森』の大賢者。

「メリー・クリスマス!!」
 私も燈子さんに続いてクラッカーを鳴らした。サンタ衣装は2回目だが、去年は司君がいなくなって気が動転していたため、サンタ衣装を着た事は良く覚えていない。

 この衣装、何だか妙に恥ずかしい。

「さぁさ、司君も!!ホラホラホラ~!!!!!」
 トナカイ姿の司君は胡桃に無理やり渡されたクラッカーを、皆の真似をして天井に向け、勢い良く鳴らした。


 パーン!!!!!


 広々としたリビングの中は、今年もクリスマス装飾で豪華に飾りつけされている。

 高野さんが中心となって5人で作った豪華なご馳走は、所狭しとテーブルに並んでいる。

「早速ゲームを始めようか」
 
 高野さんから声がかかり、皆はテーブルに集まった。

 高野さん特製のクリスマスプディングには、一番ラッキーな人にだけ当たるコインが1つだけ入っている。

 誰がそのひと切れを取るんだろう!

 高野さんは上手にそれを5等分に切り分けて皿に乗せ、皆に配った。ジャンケンでどの皿を取るかを決める。


「「「「「じゃーんけーん…」」」」」


「「「「「ぽん!」」」」」


 燈子さん、胡桃、高野さん、司君、私の順番になった。

「これにするわ」

「私、これ~!」

「俺はこれ」

「僕、これにします」

「じゃあ私はこれ」

 最後の一切れ。


 全員、その皿を手に取って一斉に、キャラメル色の艶やかなプティングを食べる。

「あっさりしてるでしょ?」
 料理の達人高野さんは、皆の表情を見回した。

「ホント!あっさり~」

「すっごく美味しいです、これ」

 甘すぎず、さっぱりしてる!

「美味しいです!」

「いいじゃないか」

「良かった!」

 美味しくて、あっという間に食べ終わりそう。最後のひと口を食べた瞬間。

 かちっ!

 音がした。


 私は慌てて、口の中から銀色のコインを取り出した。


「あ~!沙織が当てた!良かったね!」

「おめでと、有沢さん」

「意外だったね。まさかアンタが当てるとは」

「…………ありがとうございます!」

 嬉しい!
 私がコインを当てちゃった!

 つい、司君の方を見てしまう。

「おめでとう、沙織さん」

 彼は柔らかい表情で、
 優しく微笑みながらこちらを見てる。

 ドキッと、胸が音を立てる。

「いい事が沢山あるといいね」

 …………?

「ありがとう…」

 もし私がコインを当てたら、すごく悔しそうな顔をするかと思っていたのに。

 まさか…。

 コインが入ってそうなひと切れを、わざと私に残しておいたとか…?


「さぁ~!ご馳走を食べるぞぅ~!!」
 胡桃が嬉しそうに、料理を見ながら叫んだ。

 今日は立食式。お腹が空いた時に誰が何を食べてもいいようになっている。

「今年の料理、気合入りまくっちゃったね~?全部食べられるかな?!!」

「大丈夫!今年は司君もいるし!!明日も明後日も食べればいいよ!」

「なかなか上手に出来たじゃないか」

 トナカイ姿の高野さんがサラダに手を伸ばしながら、一番気になっていたらしい事を、恐る恐る口に出した。

「…今年もこの格好をさせられちゃったけどさ…食べづらいからもうそろそろ脱いでいい?」

「駄目ですよ~!今日は仮装したまま過ごす決まりですから!私がちゃんと腕まくりしてあげますよ高野さん、ホラホラホラ~~!」

 とんがり帽子を被った小人姿の胡桃は、皿と箸で両手が塞がっている高野さんのモコモコした袖を、世話焼き女房の如くまくってあげている。

「あ、…袖まくる前に、高野さんの写真撮っとけば良かった~!」

 サンタ姿の燈子さんはチキンを皿に取りながら

「後で袖を戻して、全員の集合写真も撮ればいいじゃないか」
と、まんざらでも無さそうな様子で、クールの方を見ながら微笑んだ。

「あ、それいいですね~!」

 猫のクールも、クリスマス期間限定サンタ帽子とサンタ衣装を今年も着ている。胡桃はクールのあまりの可愛さに叫び声を上げながら、今年も写真を何十枚と撮っていた。

 胡桃が私に笑いかけた。

「今年は司君も参加できたし。良かったね~、沙織!」

「うん!」

 私は嬉しくなりながらテーブルの上にあるローストビーフを取って、ソースをかけて食べてみた。

 何これ、すっごく美味しい!
 高級ホテルのシェフが作ったみたい…!

「それ、僕が作ったんだ」

 トナカイ姿の司君が、クールを抱っこしながらこちらに近づいて来た。

「本当?すごいね司君!とっても美味しいよ!」

「高野さんに教えて貰ったからね。味付けにはこだわりがあるよ」

 司君はクールを床の上に降ろし、私を上から下まで見つめながら微笑んだ。

「沙織さんサンタ衣装、すごく似合うね。ミニスカートだし…もう最高」

 私は顔が熱くなりながら、彼から目を逸らした。

「司君も似合ってるよ、トナカイ姿」

 …どこを見ているんだろう!

「…恥ずかしいからあまり見ないで」

「…どうして?」

 彼は私にさらに近づき、少しずれていたサンタ帽子を真っ直ぐにしてくれた。

「見ないでって言われても絶対無理。今日しか見られないんだから」

 …顔がどんどん、赤くなってしまう。
 
「…………もう」

 高校2年生になった司君を見上げてみる。『出会った時と比べて身長が10㎝伸びた』と最近言っていた。

「司君、今身長いくつ?」

 キラキラオーラに磨きがかかった上大人っぽさが加わり、去年よりさらに眩しく感じてしまう。

「178㎝…かな。どうしたの急に」

 私は以前よりもさらに、彼といるだけでドキドキしてしまっている。

「私の身長は変わらないのに、司君だけが成長しちゃって、…ずるいなと思って」

 彼が大人っぽくなったからなのか、一緒に過ごすうちに私の恋する気持ちが巨大化したせいなのか、自分でも良く解らない。

「沙織さんは身長いくつ?」

 去年の12月は、どうして今よりも平静でいられたんだろう。

「155㎝。去年と全然変わらないよ」

 彼は何かを思いついた様子で、いきなりかがんで私のおでこにキスをした。

「…………!!」

「今のまま変わらないでいて、沙織さん。僕はこのくらいの高さが一番好き」

 私は真っ赤になり、皆の方を見た。

 他の三人は後でやろうとしている麻雀の準備をしており、こちらを見ていない。ちょっとホッとして、私は司君に向き直った。

「駄目だよ司君…!」

「…見られたっていいじゃない」

 良くない。

 彼は全く気にしていない様子で、私に聞いてきた。

「…沙織さん、明日の放課後予定ある?」

「『未来志向』のバイトは無いから、一緒に帰れるよ。授業が終わったら、図書館に行って待ってるね」

「うん、ありがと」

 何か用事でもあるのかな?

「明日、何かあるの?」

 彼はにっこりと微笑んだ。


「明日の放課後、僕は時間を戻します」


 …………敬語?