私はがばっと、自分のベッドから飛び起きた。


 …夢だよね。当然!!!


 ……ホンっとに壮大だったけど、

 ……なんて、アホな夢!!!



 燈子さん、何故かいつもの、バスローブ…。

 大賢者、どうしていつもの、黒扇子…。


 私は川柳の様なリズムを頭の中で刻みながら、洋服に着替えてリビングへと降りた。


「おはよう」

 台所からカウンター越しに声がかかる。

「おはようございます。高野さん」

 朝食を済ませた高野さんが一人で、自分が使った食器の後片付けをしていた。

 テーブルの上には、当番の胡桃が作ってくれたベーコンエッグとピザトースト、野菜スープが一人分、ラップをした状態で置かれている。今朝は私が一番最後の様だ。

「有沢さん、今日は店のシフト入っていないんだ?俺より起きるの遅いなんて珍しい」

 高野さんを見ると、昨日の夜見た夢を思い出してしまった。

「昨日はなかなか眠つけなくて、寝坊しました…」

 高野さんのローブ姿、すごく似合っていたな。…バカバカし過ぎて恥ずかしいから、とても夢の内容を打ち明ける気にならないけど。

「今日は私、バイトお休みなんです。高野さんはこれから出勤ですか?」

 高野さんは洗い物が終わり、まくっていた白いシャツの袖を下ろした。
「うん。店のディスプレイがまだ中途半端だから、中番だけどちょっと早めに出る。勤務中だとあんまり時間取れないからね」

 仕事熱心!本当に高野さんは、お店の事を大切に考えているんだ。

「私、明日は学校が終わってから出勤なので、ディスプレイ手伝いますね!」

「うん、ありがと」
 高野さんは黒いウールコートを羽織った。

「あ、そうだ。新しい住人に会ったら、早速情報をメールで教えてくれない?オジサン、超・人見知りだから、心の準備しておかないと…」

 私は頷き、思わず吹き出して笑ってしまった。

 いつも気さくに声をかけてくれる高野さんは、人見知りと対極の性格に思えていたから。

「高野さんがそんな冗談言ったら、クールに怒られますよ?」
 彼こそ筋金入りの人見知りだから。

 高野さんは苦笑し、
「ひどいな、本当なのに…。じゃ、行ってきます。また夜にね!」
と言いながら、『未来志向』へ行ってしまった。


 朝食と後片付けを済ませ、洗面所で洗顔と歯磨きをしながら今日の予定を考えた。
 
 胡桃は今日、演劇部のミーティングと練習があり、朝早くから外出している。

 天気もいいし、一人で買い物にでも行こうかな。

 私はちょっとうきうきしながら身支度を済ませ、まだ早い時間帯だったので、のんびりリビングでテレビを見ていた。

 すると、バタバタと足音が聞こえてきた。

「忘れてた!!」
 突然『燈子さん用のドア』が開き、外出の支度を整えた燈子さんが現れた。

「あ、燈子さん、おはようございます」

 私は、夢に出て来たバスローブ大賢者姿の彼女を思い出してしまった。勝手に妙な格好させてしまった事を、何だか申し訳なく感じてしまう。


 燈子さんは、キョロキョロあたりを見回した。


「…おはよ。…アンタ一人?」

「あ、はい。みんなもう出かけちゃって…」

「……」

 いつもは落ち着いている燈子さんが、今はとても焦っている様子だ。

「どうかしたんですか?」

 私が聞くと彼女はソワソワし、ウロウロと歩き回った。

「…今日予定が入っていたことをすっかり忘れてて…困ってる」

 ……??

「…じゃあ、もうアンタでいいわ」
 彼女はビシッと私を指差した。

「…はい?!」

 何だか、とても引っかかる言い方をされた様な…。

「悪いんだけど私、これからすぐに出かけなくちゃならないの」

「…そうなんですか?」

「でも朝10時になったら、新しい入居者がここに来るから」

「…え」

「悪いんだけど、アンタが家の中や近辺を案内してあげて!」

「…えええっ?!!」

 私はソファーから立ち上がり、口をぽかんと開けながら、間抜けな声を出してしまった。

 いきなり私一人で、初対面の人に家の中や外を案内をしろと?!!

 人見知りってほどじゃ無い私にだって色々と、心の準備が…!!!

「何か用事でもあった?」

「いえ、特には…でも、とうこさ…」
「じゃヨロシク。7時には帰宅するわ」

「…あ、あの…」

 彼女はあっという間に、バタバタと外出してしまった。


「…燈子さ~ん…」
 

 もう、はっきり言ってこれは夢の中で燈子さんを、バスローブ大賢者にしてしまった報いだ…。


 時計を見ると、9時を回っていた。


 どうしよう!1時間もしない内に、新しい入居者が来ちゃう…!



 私は緊張のあまり、先ほどの燈子さんと同じ様に、ソワソワウロウロとリビングの中を歩き回ってしまった。

 するとリビングの隅に、燈子さん御用達アンティーク家具屋の白と黒のサークルボックスと、長方形の大きな箱が置かれているのを発見した。

 箱のラベルを見ると、『クリスマスツリー』と書かれている。

 そういえば1週間前くらいから、時間がある時に飾り付けをしてくれと、燈子さんに頼まれていたのを、すっかり忘れていた。

 ウロウロしていても仕方が無いし、飾りつけでもしていようかな。

 私は箱を開けて、大きなツリーを取り出した。2.5メートルくらいはあるそれを一人で何とか組み立て終え、大きすぎるくらいのツリーを見上げた。

 このリビングの広さには、ちょうどいい大きさなのかも知れない。

 去年の冬、この堂々としたクリスマスツリーを見た瞬間、すごくワクワクした事を懐かしく思い出す。格調高い色合いのシルバー、ブルーグリーン、白っぽいゴールドを基調とした、物語の中に出て来る様なツリーなのだ。

 バランスに気を付けながら、私は少しずつツリーの飾り付けを始めた。白の箱には金や銀の飾りが、黒の箱にはクリアライトやコンセントなどが入っている。

 飾り付けに夢中になっていると、突然玄関の呼び鈴が鳴り響いた。

 時計を見ると、まだ9時50分である。
 宅配業者の人かな。

 私はインターホンを除き、叫び声を上げそうになった。



 司君が、インターホンの画面に映っている。




……!!!!!






 …どうして?!



 もう一度、インターホンを覗く。




 …やっぱり司君が映ってる!!






 私は慌てて、インターホンのスイッチを押した。






「…はい!」





「10時に約束していた、白井です」






 …10時に、約束…?





 …ということは。






 …司君が、新しい入居者…って事?!!