ー貴哉sideーー
一緒に帰りたいなって思ってたんだけどなー。
あーでも、昨日分かったんだった。
エントランスで飛鳥ちゃん待ってて、来た方向見ればすぐに。
学校出て早々、方向逆なんだわ。俺が左で、彼女は右に出ることになる。
これはもう、一緒に帰るっていう概念失ってるよね。
彼女が教室を出て行って少ししてから、自分も教室を後にする。丁度良いタイミングでエレベーターが来た!わーい、ラッキー。
エレベーターを降りてエントランスの方に意識を向けると、声が聞こえる。
「桜遅ーい!!」
やっぱすぐ分かっちゃうんだよな、好きな子の声って。飛鳥ちゃんの声だった。
桜さんっていう友達と帰るんで、待たせちゃ悪いからとかで急いでたんだろうな。
そう思って疑わなかった。
次の光景を見るまでは。
エントランスをしっかりと視界に入れて、見てしまった。
飛鳥ちゃんが、背の高い男子の腕を引っ張る姿。
その男子は角度的に顔は見えないが、彼の漂わせる雰囲気はだいぶ大人っぽかった。
飛鳥ちゃんの、彼氏かな。カッコ良さげだもんな。…ああ、飛鳥ちゃんはそういう感じの人が好きなんだ。
その考えが頭をよぎってしまい、思わず、はたと足を止めてしまう。
心臓がドキドキして息が上がる感覚。足元がフワフワして、浮いてるみたい。
俺なんか、最初から眼中に無いんじゃん。
だからか、可愛い後輩だって言ってたの。
俺に見せる笑顔は大好きなんだ。
今彼に見せてる笑顔も大好きなんだ。
同じなんだよ?
自然で飾らない飛鳥ちゃんの笑顔は。
けどさ。
俺にだけ、その大好きな笑顔を見せてほしいんだよ。
他の男になんて、見せないでよ…。
割と沈んだ気持ちで帰宅する。
「ただいま」
誰もいない家に向かって、呟くように言う。
1人でお風呂を沸かして入浴して。
夜ご飯を軽く作って。
テレビを観ながら1人でご飯を食べて。
キッチンの後片付けをして。
明日の準備をして。
この一週間、夜はこんな感じだ。毎日同じだ。
けど今日は。
飛鳥ちゃんと彼氏のあの光景が頭から離れなくて、まるで抜け殻みたいだ。
恋をするってのは、明るく輝くだけじゃない。
こうやって、心が押し潰されそうになることもあるんだと、今日初めて実感した。