天満が幽玄町を彷徨っていた間に、件の娘はこの国で最も強く美しい妖の屋敷の前に着いた。

…身なりは貧しく、汚れている。

終始俯いていた娘だったが、元来の人見知りも影響してか、どうしても一歩を踏み出すことができずにまごまごしていた。

文を両手で胸に押し当てて抱きしめたまま動かず、命からがら逃げだしてきた娘は、涙ぐみながらその名を呟いた。


「ぽんちゃん…」


「雛乃ー!雛!!」


「!ぽんちゃん!」


ぱっと顔を上げた娘――雛乃は、立ち止まっていた大きな門の奥から転がるようにして駆け寄ってくるぽんを見て出せるだけの大きな声を張り上げた。


膝を折ってぽんを抱きしめた雛乃は、抑えていた感情がこみ上げてきて、ぽろぽろ涙を零した。


「私…私…逃げて来ちゃった…」


「いいんだそんなことは!ちゃんと文は届いてたんだな、良かった!おらお前が居なくなったって聞いて生きた心地がしなかったんだからな!」


わあわあとふたりで声を上げて泣いていると、様子を見に来た雪男が腰に手をあててふたりを見下ろして笑った。


「ぽん、良かったな。この娘さんがお前の…お前の……あれ…?その顔……見覚えが…」


雪男からは雛乃の後ろ姿しか見えなかったのだが、雛乃が振り返ってその顔を見た雪男は硬直して雛乃の顔を凝視した。

だが雛乃は美しすぎる真っ白な肌の眉目秀麗な男の登場に同じように硬直して、言葉を発することができなかった。


「?雛と会ったことがあるんで?」


「い、いや、ないない。だけど…え…待て待て、そんなはず…主さまに報告しないと…いや、天満だ!天満はどこだ!?」


雪男が脱兎の如く居なくなったのを見送ったぽんは、雛乃から離れて二本足で立ち上がった。


「お屋敷に行こう。主さまに会わせてやっからな」


「う、うん」


急遽天満捜索隊が組まれ、その後屋敷は大騒動となった。