──きっと、あのキスは夢でも見ていたのだ。

そう思えるほど、紬花から見た陽の態度は普通だった。

紬花が陽の世話をするべく居候を始めてから二週間。


「御子柴さん、式場CMのドレスデザインの打ち合わせなんですけど」

「日程変更の件か?」

「はい。来週の木曜日でしたらということです」


浴室での話題は一切出ることなく、また、浴室の手伝いもすることはないまま、 エトワールのオフィスで紬花はアシスタント業務に精を出している。


「木曜……夕方までは無理だな。十七時以降でかまわないか確認してくれ」


窓際を背に設置された陽専用のデスク。

ワークチェアに腰掛け、タブレットでスケジュールを確認した陽が紬花に伝える。


「はい、わかりました」

「ところで、特注した生地はどうした?」


陽の視線がタブレットから紬花へと移るが、そこに揺らぎはない。


(意識してるの、私だけ……なのかな)


仕事中は余計なことを考えないようにしてはいるが、陽を見るとやはり気持ちが乱れて落ち着かない気分になった。

しかし、それは自分だけなのだと思うと、なぜか心は重さを持って落胆し、紬花の声は僅かに覇気を無くす。