夜。
寝たふりをした私に、軽くキスをし、家を出たお兄ちゃん。

慌てて私も着いていく。

---どこに向かう気だろう…?

閑静な住宅街から一変。
ネオンが輝く、繁華街だ。

いつもなら絶対に近づかない場所。
でも、今日は。

お兄ちゃんは繁華街を慣れたようにずんずん進んでいく。
明るくなった髪色と、中学生になってすぐつけ始めて、今はもうすっかり馴染んだ、金の竜のピアスがネオンに照らされキラキラ光る。

人混みにもまれながらも、なんとかついて行った。

…そして、違和感に気づいた。

お兄ちゃんの周りには人が寄り付かない。
……お兄ちゃんを避けるようにして、人の波に道ができる。

そして、憧れの目で、見つめる。

繁華街でも、1本路地を入るとそこは不良のたまり場。だから、ここの繁華街にましてや夜に女の子は立ち入らない。少なくとも、綺麗な身でいたい人は。

お兄ちゃんは慣れた様子で路地に入っていった。

流石にここまで来たのだから、と思ったものの、やっぱり怖くて、家に帰ろうとしたその時。

「この頃ここら辺荒らしてるのおめぇらか?」

ドスの効いた声が響いた。
決して大きくないのに、よく響く、地面を這うような声。

「誰だてめぇ?」

「俺らに勝てるの思ってんのか?丸腰できやがったギャハハハハ」

ガンッ

下品な笑い声が響いていた暗闇に、鈍い、何かがぶつかり合うような音がした。

「なにもんだ!こいつ!」

取り乱した声がする。

「わめくな、ゴミ共」

チャリン

…お兄ちゃんのピアスの音…

「お、おまえ、ま、まさか!!龍雅かっ?」

……やっぱり。

うわさ好きの女子の情報が役に立つ時が来るとは。

龍雅っていう暴走族。

全国に支部を持つ、白龍会っていう組の直属の傘下。


…つまり、やばい族。


そこまでだとは…。


ザワつく男の子たち。

……そりゃあね。


「無傷で帰りたかったら、10秒以内に失せな。…次はねぇからな。」

「「「はい!!、」」」

そさくさと逃げて行く不良な男の子たち。


その背中を見つめていると、

ガシッ

後ろから温かいものに包まれた。

振り向かなくったって分かる。

「お、お兄ちゃん、こ、これは…そ、その……」

「……何もされなかったか?」

「…う、うん、」

「ならいい。」

私の手を引いて歩こうとするお兄ちゃん。

私は立ち止まった。

「お兄ちゃん…お兄ちゃんの全部私、知りたい。なんでも受け入れるよ…覚悟してるもん。」

お兄ちゃんがパッと振り返る。
…いや、流石に分かるよ、と苦笑すると、

バレたかぁという顔をしたお兄ちゃん。
やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんだ。

「いいのか?」

「…うん。知りたいの。大切な人のことだもん。」

意を決したように、家へ向かう道とは真逆に歩き出したお兄ちゃん。

……もちろん、私の手を引いて。

煌びやかな繁華街には不釣り合いな私と違って、きらきらしてるお兄ちゃん。
…私の恋人。この人と両想いなんだと思うと、嬉しかった。

ただ、その時決まって胸がギュッってなるんだ。
パーカーのポッケに手を突っ込む。

…いつも持ち歩いてる名札。
まーくん、私の2人目のお兄ちゃん。
1人目が本当のお兄ちゃん。
2人目がまーくん。
3人目が蓮翔。


まーくん。
初恋の人。たった半年過ごしただけなのに、今でも忘れられない人。

…きっと、幸せに暮らしているはず。

空を見上げると満月だった。
繁華街の人工的な光じゃなくて、淡くて、優しい、でも、力強くて包んでくれるようなそんな光。

…まーくんも見てるといいな。

名札をぎゅっと握りしめて、お兄ちゃんと繋いでいる手もまた、力強く握りしめた。