年が明けて、大川君から電話が入った。

「池内さんと会ったと言っていたね。池内さんと市瀬君、それに僕とで新年会を兼ねてミニ同窓会をしないか? 僕も久しぶりに会って話がしたい」

「二人で会うのは気が引けるけど、3人ならいいかもしれないね。やはり女子の同窓生はこの近くにいないのか」

「いないな。3人でいいだろう。携帯の番号は聞いているんだろう。都合を聞いてみてくれないか?」

「分かった。日程と会場はどうする?」

「日程は彼女に合わせる。僕の仕事が終わる時間からすると午後7時くらいからがいい。場所は高槻の駅前のこの前君と飲んだ串揚げ屋でいいじゃないか。帰り道だから好都合だ」

「了解した。都合を聞いてみる」

僕は早速翌日の昼休みに紗奈恵の携帯に電話した。丁度昼休みだったので話ができた。大川君が会いたがっていて3人でミニ同窓会をしようと言うとしたいと言ってきた。

それで都合を聞くと来週の火曜日の夕刻であればよいとのことだった。場所は高槻駅前ビルの串揚げ屋を告げると分かると言っていた。6時半過ぎには店へ直接行くと言っていた。

大川君にすぐにそのことを伝えると喜んでいた。7時には着けるから二人で始めておいてくれとのことだった。

念のため、月曜日の帰りに店によって火曜日の6時半から3名の予約をしておいた。

◆ ◆ ◆
研究所の終業時刻は5時30分だ。研究所ではこの時間に帰るのは事務部門の人たちだけだ。研究者はフレックスタイム制で出勤時間と帰り時間は不規則だ。僕は研究管理部門だから定時の勤務になっている。

今日は室長に同窓会があると断って定時を過ぎるとすぐに退社した。ここから30分余りで店に着ける。十分過ぎるほど時間がある。久しぶりに紗奈恵と話ができるのが楽しみだった。

店には6時20分に着いた。予約を告げるとテーブル席に案内された。ここならゆっくり話ができる。ビールを頼んで飲み始めようとしたときに紗奈恵が現れた。すぐに僕を見つけて嬉しそうに向かいの席に腰かけた。

「お久しぶりですね。大川君は?」

「7時にはここへ着くと言っていた。帰り道だそうだ。彼とは赴任して来てすぐにここで飲んだんだ」

「飲みながら話すにはいいところね」

「どう元気にしている?」

「あれから時々帰りにお見かけしたけど声をかけませんでした」

「声をかけてくれればよかったのに」

「何故か気が引けて」

「僕も時々見かけたけど声をかけるのを遠慮した。ご主人に誤解されても困るからね」

「今日は3人だから気にしないでいいわね」

僕は何を話していいのか分からなくなった。この前にあった時に聞きたいことは聞いてしまっていた。ただ、本当に知りたいことは今でも聞けないし、聞く訳にもいかない。紗奈恵にはまた会いたかっただけだった。

「仕事は面白い?」

「管理栄養士をしていますが、やりがいはあります。名古屋にいるときに時間があったので、資格を取りました」

「それはよかったね」

「家ですることもないので、丁度良かったです」

「ご主人は理解があるね」

「主人は私に家にいてほしいと言っているけど、家に一人でいると気が滅入ってしまうから」

「それで働き始めたのか?」

「こちらに引っ越して来てからですが」

「楽しい?」

「気が紛れます」

前にあった時にも感じていたが、どうも元気がない。この前は無理に幸せそうに装っていたみたいだ。どうも話が弾まない。そこへ大川君が到着した。

「池内さん、お久しぶりだね」

「大川君も元気そうね」

「まずは、再会を祝して乾杯!」

僕はほっとした。これで間が持つ。しばらくは大川君と紗奈恵がお互いの近況について話していた。僕は話をする紗奈恵の横顔を見ている。

紗奈恵が大川君の子供さんについて聞くので大川君は詳しく話していた。この前には話さなかったことも話していた。大川君が家庭を大事にしていることがよく分かった。僕は黙って二人の会話に耳を傾けていた。

大川君は紗奈恵に始めは今の仕事について聞いていた。それからご主人について聞いていた。僕はこの前にあった時も今も聞く気になれなかったことだ。紗奈恵のご主人は2つ年上で僕たちと同じ大学を卒業して修士課程まででているとのことだった。知り合ったのは大学3年のときだったという。

結婚してずっと彼の会社の本社がある名古屋にいたという。彼は入社してから研究畑にいたが4年前に事務的な仕事に変わって、大阪に転勤になったそうだ。紗奈恵も詳しくは話さなかった。それにご主人の仕事の内容をどの程度まで理解しているかも分からない。

「市瀬君も研究畑から事務的な仕事にかわったんだよな」

「僕は事務的といっても研究企画管理だから今でも研究畑と言ってもいいと思う。それに僕が希望したんだ。研究を離れたいと思ってね」

「離婚の原因も研究が忙しかったからと言っていたね」

「もう過ぎたことだ」

「ところで池内さんはどのあたりに住んでいるの?」

「偶然ですが、市瀬さんと同じ賃貸マンションに住んでいます。私も驚きました」

「階は3階と10階でかなり離れているけどね」

「不倫ということにならないように気をつけろよ。市瀬君は池内さんに惚れていたからな。まあ、僕も惚れていたけどね」

「変なことをいうなよ」

「もう時効だからいいじゃないか」

紗奈恵は黙って僕たちの会話を聞いていた。

「だから、僕も気を付けている。二人で会って話をしたのは初めて会った時だけだ。それから二人で会ったりはしていない。だからこうして3人で会っている」

「分かった、分かった。気にしているところが気になるけどな。間違いはないようにしてくれ。友達として忠告する」

「よく分かっている」

僕はむきになって言った。紗奈恵も困ったような顔をして「大丈夫よ」と言っていた。それからは同窓生の噂で話が弾んだ。気が付くともう9時近くになっている。

「池内さん、もう9時だけど、大丈夫? そろそろお開きにする?」

「そうですね。今日は主人が岡山に出張していますので、大丈夫ですが、少し酔いも回ってきましたので、ここらでお開きにしましょうか?」

「じゃあ、今日はここまで、また機会を見つけて3人で会おう」

「そうしましょう。久しぶりにお話ができて楽しかった」

会計を3人で割り勘にして、その場を離れた。駅前で大川君を紗奈恵と二人で見送った。それから二人でマンションへ向かった。3人で話をしつくしていたので、ほとんど話をしなかった。

エレベーターで僕が先に降りたが、別れ際、紗奈恵はにっこり笑ってくれた。でもどことなく寂しそうに見えた。おやすみ。