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「初めまして、奥さま。ーーわたくし、榛名副社長の秘書を勤めております。日笠 千尋(ひがさ ちひろ)と申します。」


翌日。

午前の業務を終え、オフィスのラウンジで昼食をとろうと席に着いた私の目の前に現れたのは、目鼻立ちのはっきりとした美人秘書であった。

さすが、ハルナホールディングスの社員だ。

立ち振る舞いも隙がなく、にこやかな笑みはまるで女神。会社の男性職員が、皆、興味津々、といった様子でチラチラこちらに視線を向けている。


「突然、お邪魔してすみません。一度挨拶に伺おうと思っておりましたので。」

「あっ、いえいえ!大丈夫です。私は逢坂 百合です。今はここの広告代理店で営業をしていて…」

「ふふ。存じ上げておりますよ。“お見合いの一件”を伺った時から、奥さまとは話してみたいと思っておりました。」


どうやら、彼の関係者には私の情報が筒抜けらしい。


「お恥ずかしいです…。…榛名さんから聞いたんですか?」

「えぇ。昨日急に副社長から電話がきたと思ったら、逃げ出した奥さまの行方を追うよう頼まれまして。…実は私、奥さまの働いているお店に伺ったんですよ。」

「えっ?!」


その時、ふとキャバクラに来ていた女性客の姿が頭をよぎる。白いシャツと紺のタイトスカートの彼女は、まさに目の前の日笠さんであった。

榛名さんがホテルに連れ込まれそうになった私の元に駆けつけられたのも、この“有能な秘書”が一報を入れたかららしい。

今朝、ミユキさんに退勤後の出来事を電話で伝えると、『よかったじゃない。旦那逃して、また店に戻ってきたら許さないからね。』と、明るい解雇通知が言い渡された。すでにお金持ちと結婚したという誤解を招いているようだが、今井のこともあり、もうあの店で働くことはないだろう。

その時、日笠さんはふと何かに気づいたように私を見つめる。


「…奥さま。不躾ですが、ゆうべは副社長とお過ごしで?」

「へっ?!!」

「その服、昨日と同じもののようですし。今朝、副社長も同じスーツで出勤されたものですから。」