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「ーー百合。準備は出来たか?」


ある平日の慌ただしい朝。リビングから、律さんの呼ぶ声がした。

初めて一緒に過ごした夜から一ヵ月。私は、たびたび彼に誘われて彼のマンションに泊まっている。バッチリと髪を纏め、ジャケットを羽織った私は、完璧な“ビジネススタイル”を装備し、彼の元へと向かった。

視線を落としネクタイを結ぶ寝起きの彼は少し気怠げで、どきり、とする。


「そろそろ家を出るぞ。忘れ物をしないようにな。……百合?」

「っ!は、はい。大丈夫です!」


見慣れてきたと思っていたが、そうでもないらしい。毎回“彼氏”に見惚れてしまう自分のちょろさに呆れつつも、私は気持ちを切り替えようと鞄を手にした。

するとその時、わずかに目を見開いた律さんが、トッ、と私との距離を詰める。


「百合。今日は髪を下ろしていけ。」

「え?」


さらり、と告げられた言葉。彼の表情はいつもどおりクールで、感情は読み取れない。


「なんでですか?私、今日ちょっと髪の毛が跳ねてて。直すのが面倒なんですが…」

「百合は下ろした方が可愛い。」

「っ!そ、そんなことを言われても…」


しかし、彼はするり、とヘアゴムに指をかけ、髪を弄ぶように抜き取った。


「あぁっ!もう!取れちゃったじゃないですか!」

「じゃれついてる時間はないんだけどな。」

「本当ですよ!!!」