わたしは、精神科の先生が好きだった。
 でも、いくらモーションをかけたところで、なびかない。(転移といって、精神科ではしばしば見られる症状らしい。)

 だから、恋愛対象でみるのはやめた。体の関係抜きで話せる唯一の人だった。

 先生は、
「カウンセラーのお姉さんと話してみないかな?」
と切り出した。

「女なん?いやだー!めんどくさいし、馬鹿ばっかやん!」
「そんなこと言わないで、顔合わせるだけでも…。ね!」
「気にいらんやったら話さんでいーっちやろ?先生が付いてきてくれるなら会ってもいいよ?」
「僕が知ってる中で、この病院では1番頭がいいと思ってるから、きっと、愁ちゃんも気に入ると思うよ。」

 わたしの大好きな笑顔で言われて、軽くふてくされながら頷く。

 その後、先生の白衣を掴んだまま、先生の後ろをついていく。
 いつも話している建物を出て、次の建物の横を通り、角を曲がって少し行くと、ドアがあった。先生が、ドアを開け、
「相沢さん連れてきたよ!」
と、声をかける。

「はーい。」
返事をして、若いお姉さんが来た。わたしは先生の後ろに隠れながら、少しだけ顔を覗かせる。

 割ときれいなお姉さん。

「愁ちゃん?わたしは青田久美(あおたくみ)っていいます。愁ちゃんと仲良くなりたいと思ってるんだけど、いいかな?」

わたしは少し考えて、
「いいよ。」
と頷いた。

青田さんとのカウンセリングが始まった。

「女の人と話すのが苦手。」
と言って、あまり話さないわたしに、青田さんは
「なんで?」
と聞いてくる。

わたしは、
「昔、バイ菌扱いされてて、その頃、物拾ってあげたら、『触らんで!』ち言われたりしよったけ…。」
と、言うと、青田さんは、おもむろにボールペンを出してきた。

………………?…………

2人の間に流れる沈黙…。
「貸すよ!」
わたしは困惑する。触ってもいいものか…。

戸惑うわたしに、青田さんはボールペンを握らせた。ボールペンを持ったまま固まるわたし。
「……で、これはどーすれば…。」
青田さんは笑ってこう言った。
「愁ちゃんは、汚くないよ!だから、ほら、私は貸し借りできるもん!」

 わたしはこの一件で、青田さんとのカウンセリングを真面目に受けることを決めた。

 青田さんとのカウンセリングは、わたしにとって大切なものになり、青田さんが結婚退職する日までの長い付き合いになって行く。