まだ日差しが柔らかい、気持ちよく晴れた初夏の午後。

 2頭立ての折り畳み幌を備えた四輪馬車の上、風が優しく美鈴の頬を撫ぜ、つばの広いレース飾りが可憐なラベンダー色の帽子のリボンをひらひらと揺らす。
 
 こんな美しい日の午後に――美鈴はこともあろうにあの、嫌味なくらいにいつも自信満々の男――リオネルの隣で馬車に揺られていた。

 二人が向かっているのはブールルージュの森
 フランツ王国の花の首都、パリスイの中心から距離にして4km程の位置にあるその美しい森は、別名「恋人達の森」と呼ばれている。

 現国王であるアンリ5世の祖父の在位中に広大な面積の約八割がたが整備されたこの森には、愛の女神を祭る神殿、乗馬コースや人工池、大小様々な庭園、散歩用の小路が設けられている。
 
 貴族たちの非公式の社交の場――というのは表向きの顔で出会いを求める男女の駆け引き、恋人同士の逢瀬のためにあるような場所だ。

 ……なんで、こんなことに……

 男性と二人きりで遠出をする、などというシチュエーションを仕事以外で経験したことのない美鈴は、冷静を装うのが精いっぱいだった。

 隣のリオネルの視線を避けるため、美鈴はわざと帽子を目深に被り、膝の上でギュッと両手を握りしめる。

「くッ、あああああ~」

 突然の間の抜けた声に驚いて美鈴が隣席を見ると、リオネルが大きな口を開けてあくびをしている。

「……気持ちのいい日だな。本当に」

 歌うような調子で朗らかにつぶやいたリオネルの横顔を、美鈴はついじっと見つめてしまった。

 美術室によくある、神話の英雄を模した胸像のように秀でた額に高い鼻梁、短髪の巻き毛がそよ風に揺れ、心底リラックスした表情のリオネルの瞳は愉し気に細められている。