昨夜、大広間に現れた五人は、憔悴しきったようすだった。着衣に乱れはあるものの、外傷はみられなかった。ただ、疲労感だけはすごく伝わってきた。燗海さんだけは、そこまでではなかったみたいだけど。

 生き延びた兵士の殆ども、外傷なく帰還した。
 アジダハーカに魂を抜かれるとき、やつらは咆哮を上げ、その咆哮によって虚脱感に襲われるらしい。

 紅説王一行は、魔竜の巣で、一匹の魔竜に遭遇した。そして、数名の犠牲を出しながらも、魂の塊を餌として、魔竜の体内に入れることに成功したらしい。

 しかし、術は発動せず、魔竜の咆哮によって多くの犠牲を出しながら、燗海さんとヒナタ嬢の活躍によってその魔竜を仕留める寸前まで追い込んだ。だけどそのとき、新たに二匹の魔竜が現れ、数多くの命をやつらに吸われる事態となり、撤退するしかなかったらしい。

 結局、実験は失敗。一匹もやつらを殺せないまま、撤退という苦渋の結果となってしまった。

「この敗走をうけて、新たな計画の立案と、改善点などについて話し合いたいと思う。諸君、何か思うところはないか?」

 大広間にて、良く通る声で紅説王が告げた。大広間には、僕を含めて八人いた。紅説王、青説殿下、燗海さん、アイシャさん、ヒナタ嬢、陽空、そしてマルだ。

 マルはどうやら、魔竜研究の第一人者として呼ばれたらしい。横一線に並んだ僕らの前にマルが座っている。
 皆が周りの出かたを窺う空気をかもし出す中、陽空がすっと手を上げた。

「確認っていうか、質問なんですけど、良いですか?」
「良い。申せ」

 紅説王は小さく頷く。素朴な疑問というように陽空は尋ねた。

「操相の呪符は何で発動しなかったんですかね?」

(良くぞ訊いた!)
 僕は心の中で親指を立てる。

「憶測になるが――」
 考え込むように言って、王はマルを一瞥してから、
「魂の中に入れたことで、術の発動を疎外されたのかも知れない」
「じゃあ、魂に入れずに、直接魔竜に貼り付ければ、それで済んだんじゃ?」

 陽空の問いに、王はまた考えるように眉間にシワを寄せた。
 それをフォローするように、マルが少し身を乗り出して答えた。

「それはもう試してる。でも、魔竜の鱗は硬くて刃を通さないうえに、ぬるっとする粘液に覆われてる。貼り付けるのは無理だったのさ」

 そうか――と、陽空が軽く頷くのを見届けて、マルは体制を戻して紅説王へ向き直った。

「紅説様。やはり、吸魂竜の研究をすることが、魔竜討伐に近づくと思います」
「うむ」

 マルの意見に紅説王は静かに頷いた。それを、冷ややかな目で見る人物が一人。

「その研究とやらは微塵も進んでいないようですが」

 青説殿下は棘のある声音で冷たく言った。
 マルは涼しげな表情をしていたけど、紅説王は申し訳なさそうに微苦笑を浮かべていた。
 そこに、ヒナタ嬢が例の如く敬語も使わずに、ぶしつけに切り出した。

「計画なんていらないだろ。あたしとそこのジイさんが組めば、殺してまわれる」

 ヒナタ嬢は、燗海さんに目線を送った。送られた燗海さんは微動だにせず、毅然と前を見据えている。

「あの魔竜だって、魂の塊なんか入れようとしなきゃ、殺せてたんだ」

 あんな使えないもの――と、ぼそっとヒナタ嬢は呟いて、僕は一瞬胃がつかまれたように縮み上がったのを感じた。

(故郷のことも少しは考えて発言してくれよ!)
僕がフォローに出る前に、マルが反論した。

「あんな使えないものだって? あれは、王と僕がろくに寝ずに完成させた術だぞ。いいか、魂を結合させるのに、磁力使いだけで出来るわけがないだろう。魂の定着は出来たとしても、一つに纏まらせるには、複雑な術式が必要――って、おい! 聞いてるのか!」

 心ここにあらずといった感じで、ぼさっとしていたヒナタ嬢に、マルは鋭い突っ込みをあびせた。ヒナタ嬢は煩そうに眉を顰めてマルに目線だけ投げた。

「だから、そんなご大層なもんがなくたって、あたしとジジイで殺せた言ってるんだけど」
 ヒナタ嬢はイラついたように棘のある声音を出す。

(めずらしい……)

 彼女が怒るとしたら、ジャルダ神を侮辱されたときくらいだろうと思ってた。それくらい、ヒナタ嬢はあらゆることに無関心に見える。
 
 緊迫した空気が当たりを包む。
 そこに、やわらかい声が投じられた。

「お嬢さんは随分、殺すことにこだわるんじゃのう」
 燗海さんはヒナタ嬢に、何故? と問うように優しく視線を投げる。

「当たり前だ。それがあたしの本分だ。ジャルダ神に血と命を捧げる。戦場こそが、あたしの生きる場所だ」

 僕は、微弱な電流に打たれたような、微かな痺れを感じた。久しぶりにヒナタ嬢の熱のこもった瞳を見た。初対面のとき以来だ。

(なるほど。彼女が戦場へ出る理由はそれか)

 内心でほくそ笑む。
 紅説王にも、全てを包み込むようなオーラがあるけど、彼女にもやっぱり、吸引力がある。さすが、神官だ。

「……御立派なことだけど――」

 僕の隣で、アイシャさんが呟いた。その声音は少しだけ冷たかったような気がしたけど、次に彼女が出した声音には、そのような感じは微塵もなかった。いたって普通といった感じ。

「ヒナタさん。ここは会議の場です。意見を述べるのは、とても良いことだと思いますけど、現実的に考えて貴女の提案はありえないと思います」

 僕の隣で、無言で眉を釣り上げて、あからさまに不愉快そうな顔つきを作ったヒナタ嬢に、アイシャさんは冷静に告げた。

「昨日、貴女と燗海さんがいても、撤退を余儀なくされたではありませんか。一匹だけならば、貴女と燗海さんで倒せるでしょうけど、数匹のアジダハーカに囲まれたら、いくらお二人でも難しいのではありませんか?」
「ああ。やられるじゃろうな」

 ヒナタ嬢の代わりに燗海さんが即答した。当の本人は、不快そうに片方の眉を跳ね上げて、押し黙った。

「ましてや、魔竜はつがいで行動すると言われているドラゴンですよ」

 アイシャさんがダメ押しの一言を告げると、このあと誰かが発言することもなく、何一つ決まらずに、この日の会議は終わった。