4話「揺れる感情」





 自分の小説のネタのために、結婚をして欲しい。
 そんな言葉でショックを受けるなんて、緋色自身思ってもいなかった。
 
 まだ会って1時間も経っていない人にこの出会いをネタにしたいと言われても、ただ怒るだけで悲しむ必要はないはずだった。

 それなのに、緋色の胸はズキズキと刺が刺さったように痛かった。
 

 どうして、こんな人と結婚の事を話しているのだろう。早く離れて出会わなかった事にして忘れてしまえばいい。
 普段の緋色ならそう思ってその場から逃げているはずなのに。それが出来ずにいた。


 「あの………どうかしましたか?」
 「…………え、あの。何でもありません。」


 泉が呆然とする緋色に近づこうと、1歩足を進める。ジャリッと砂を踏む音と、彼の気配を近くで感じ、緋色は足袋を履いた足のまま彼から離れるように身を引いた。


 やはり、男の人は何を考えているかわからない。怖い。
 そう思って、自分から泉と距離を取ったはずなのに、彼の甘い香りがしなくなったようで、緋色は切なくなってしまう。

 先ほどから揺れ動く自分の心の変化に、緋色は戸惑いを感じ始めていた。