昼休みに入ると、優は少し焦燥した様子で営業課のフロアを訪ねていた。外での営業を終えたばかりの八重樫は、オフィスの入り口に優の姿を見付け、驚きながらも近くへと駆け寄る。

「鈴木さん、どうしたんですか? 営業課の誰かに用事でも?」

「あ、うん。八重樫くんに用があって……今から少し良いかな? 出来れば屋上に」

「えっと、分かりました。少し遅れて向かうと思うので、先に屋上で待っててもらえますか?」

 周りの様子を窺った後、八重樫は優の誘いを了承した。

 どんよりとした重い空気が、屋上に立ち込めていた。それは梅雨時の天候のせいではなく、二人の間に流れる少し険悪とした空気が原因だった。
 
 優から突然に事の全てを告げられ、聞き終えた後、普段は穏やかな八重樫が珍しく声を荒げて優を叱責する。

「どうして、そんな事を言ったんですか」

「ご、ごめんなさい。こんなことになるなんて、私、思ってなかったの……」

 事の発端は優が八重樫の秘めた想いを、勝手に告げたことで翌日から、さくらの様子がおかしくなってしまったというのだ。

 だが、優が幾ら理由を訊ねても、さくらは決して口を割ることはせず、悩んだ挙げ句、優は八重樫を頼らざる負えなくなってしまった。

 八重樫自身はと言えばあの日からもずっと、さくらへの想いを完全には断ち切ることは出来なかった。

 だから何時の日にか、その想いを再度ゆっくりと時間を掛けて、伝えていこうと心に決めていた矢先に、優の言葉により全てが無惨にも崩れ去ってしまった。

 さくらが物憂げな表情をしていたのは、きっと自分の気持ちを知ってしまったからかもしれないと八重樫は苦悩する。

「……俺が事情を聞いて来ます」

「私も……」

「それじゃ埒が明かないでしょう。元はと言えば、しっかりと想いを告げなかった俺が悪いんです。さくらさんも優さんも悪くはありません。全ての原因は俺なんですから。それで、さくらさんは今どちらに?」

 八重樫は優を庇いつつ、自身の不甲斐なさを責める。今は誰が悪いかなんてことを議論している場合ではない。複雑に絡み合ってしまった糸を解く方が先決なのだと。

「たぶん、オフィスに残ってると思う」

「分かりました。後は俺が全てを請け負います」

 八重樫は優の言葉を聞き、屋上から各フロアへと繋がる階段を駆け降りて行った。

 優が悲しげに空を見上げると、分厚い雨雲が街全体を覆い始めていた。