「僕はT大学には行きません。断ってください」

陸上部の顧問の鈴木先生の顔がゆがむ。
「T大学はぜひにと言っている。T大学は強豪校だしもう一度考え直してくれないか?」

「すみません。」

進路指導室を出るとクラスへ向かう。
昼休み時間にゆららと屋上で昼食をとる約束をしていた。

屋上に向かうとすでにゆららはベンチに座っていた。
背後からぎゅっと抱きしめると
大好きな笑顔を向けてくれた。
「お疲れ様。遊馬くん」
「ゆらら。・・・大スキです」
「・・・私も大好きだよ」

はにかみながら恥ずかしそうに答えるゆららがたまらなく愛おしい。

「なんの話だったの?鈴木先生」
「あー・・今度の大会のことです。」
「そっか。来月だもんね。私、応援にいっていいかな・」
上目づかいで見るゆららの顔がたまらなく好きだ。
本人はこういう表情でどれだけの男子生徒が勘違いするかわかっていない。
無自覚っていうのは怖い。

「もちろんですよ。僕、頑張りますね」
にこって笑うゆららを今度は正面から抱きしめる。


腕のなかのやわらかいぬくもり
やっと・・・
やっと手に入れたんだ。

一瞬でもそばを離れたくない。
ずっと一緒にいたい。

僕がゆららのそばを離れてまで陸上をする意味はない・・。
僕が高くとぶのはゆららのため・・。


ゆららはいつも甘い匂いがする。
柔軟剤の香りなのかわからないけれど
ぎゅっと抱きしめると
甘い花のような香りがしてたまらなくなる。

小さい身長も
小さい肩幅も
ふわふわのやわらかい髪の毛も
白くてやわらかい肌も
すべて僕のものだ。

ゆららのそばを離れたくない。


「ゆらら・・もっと僕のこと好きになって。」
「大好きだよ」
「もっと僕のことでいっぱいになって」
「もう。とっくになってるよ」

やわらかいゆららの
赤い唇にそっと重ねる。


ゆららと出会ったのは中学3年の夏。
ハイジャンプの大会。
地方予選の会場だった。

ハイジャンプは自分で好きではじめたわけではない。
中学に入って、何もすることもなくて
なんとなく先生にすすめられて陸上部にはいって
そこでたまたま成績がよかったから。

身長もすでに大きかったこともあるし
嫌いではなかったからそのまま続けたら全国大会で優勝したりすることも多くなった。

いくら成績がよくても
自分が好きではじめたわけではないから
そこまで夢中になることもなくて
練習も手を抜いていた。

ハイジャンプは中学でやめて
高校は違うことをしようと思っていた。
高校まで続けようなんて思っていなかった・・・


そんなあいまいな気持ちだったのもあるし
もうどうせやめるのだからという気持ちもあって
引退前の予選大会は苦戦していた。

僕の気持ちと裏腹に
まわりの期待は大きくて
だけど
そんな期待なんて重いだけで

もうどうでもいい
ここで成績残せなかったらそれまで・・と思っていた。むしろまわりの期待がなくなるほうがいいなんて思っていた。


試合の合間
すこし待ち時間ができて
選手控え室の前で投げやりになっていた僕の前を女子中学生のグループが通りすぎた。

「大会のお手伝いだなんて、貴重な夏休みに面倒だね~」
「本当、いくら大会の役員に校長がなっているからって・・」

大会のボランティアスタッフをしていた隣町の中学生だった。

「でも。。私、来てよかったよ。さっきの・・2番目にハイジャンプしていたK中の人。すごくきれいだった。みとれちゃった。私運動できないからうらやましい。・・・・・きっともっと高く飛べそうな気がする。」

そう
やわらかい笑顔で話ししていたのが、ゆららだった。
ゆららの言っていた選手が
僕のことだとわかると、なんか恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかった。

今思えば・・
ゆららにその時すでにひかれていたのかもしれない。


自分の飛ぶ姿をそんなふうにほめてくれた人がいる。

高く飛べそうな気がする

ゆららがそういったから
高く高く飛びたいと思った。

ゆららのために。
ゆららの笑顔をもっとみたいと思った。


目的も何もなかった僕にゆららは意味を与えてくれた。


高校受験も希望校を何か所か見学して
そのうちの一つの高校で
偶然ゆららを見つけて
友だちと会話しているときに、この高校を受けると聞こえてきて
僕も受験しようときめた。

先生は陸上の強豪校を進めてきたけど
ゆららに会いたくて断った。

ゆららがいればどこでも陸上でいい成績を残せると思っていた。

高校受験に合格して
入学式が終わり
幸運にも
ゆららと同じクラスになっても
接点はなくて

陸上の練習で
美術部の教室からゆららの姿を見たときに
ここならいつも見つめることができると思ってうれしかった。

わざと風でプリントを飛ばして
ゆららと話しをするきっかけを作って
距離が近づいて
仲良くなってから
告白しようとタイミングを狙っていた。

そんなときに同じ
陸上部の先輩がゆららに好意があると聞いて
焦って気持ちを伝えてしまった。

ゆららは自覚はないようだけど
男子生徒に人気がある。

外見も小さくてかわいいし
ふわふわしている雰囲気とか
やさしい口調とか
ゆららに好意を抱いている人が多いのも知っていた。

自分だけ見てほしい。
自分だけに笑顔を向けてほしい。
ずっとゆららへの気持ちを抑えてきて
誰かにとられるのなら
玉砕覚悟で伝えたほうがいいと思った。


「好きです」

きみを誰にも触れさせたくない。
僕だけのものでいてほしい。

「私も好きです」

ゆららの言葉がうれしかった。

ゆららがそばにいてくれて
ずっと
ゆららだけ見ている。
ゆららのために飛んでいる。
記録を更新するたびうれしそうに微笑むゆららがいたから・・。


ゆららのそばを離れてまでハイジャンプをするは意味がない。

そう思っていた。