「もっと腹から声を出せ!」

「は、はいっ!」

「じゃあ、もう一度、最初から行くぞ!」

「はいっ!」



監督は、加減というものを知らない。
これでもう何時間、声を出し続けていることだろう。
お腹も減ってるし体力はもうゼロに等しくて、今にも倒れそうだけど、私が今、こうして立っていられるのは、負けず嫌いな性格のおかげだと思う。



演劇というものがこれほど厳しいものだなんて、知らなかった。
だけど、子供のころから憧れて来た夢だもの。
しかも、私は夢の第一歩を踏みだしたところなんだもの。
くじけることなんて出来ない、絶対に。



大学を卒業した私は小さな劇団に入って、一年程の時が流れた。
私は、今度の公演の主役に抜擢された。
舞台経験もまだほとんどない新人の私が主役だなんて、確かにびっくりはしたけれど、だけど、とても嬉しかった。
この一年間は、本当に演劇中心の生活だったから。
私に出来る最大限のことをやって来たから、その努力が認められたようで、この上なく嬉しかった。



でも、そのことを良く思わない人もたくさんいる。
私が今回の主役に選ばれたのは容姿のせいだと言われたり、中には、私が監督を誘惑して役を得たのだという酷いうわさまである。
悔しいけど…でも、私はそんなことは気にしない。
今回の公演を成功させれば…私が素晴らしい演技をすれば、みんなもわかってくれるはず。