「それでね、この間、王子様を拝見したのよ」
 サシャは次の週、学校でそのことを友人たちに話した。既視感などはただの気のせいだと思えるようになったのだ。馬車を一目見ようと待っていた隣街の女性たち同様、友人たちもすぐに食いついた。
「王子様! どちらの方?」
「ずるいわ、どこで拝見したのよ」
 つつかれるのでサシャは慌てて続けることになる。
「この間、バーのおつかいで隣町まで行ってね、そのとき外交とやらでいらしていたの。馬車に乗られていたわ」
「へぇ……いいなぁー」
 羨ましそうに言われたので、サシャはちょっと誇らしくなった。素敵なひとを見られたことに。確かにとても格好良かった。
「海の向こうの国の王子様だそうよ」
「海の向こう……ってことは、ミルヒシュトラーセ王家の方じゃないかしら」
 サシャの言葉にちょっとだけ考えて口に出したのは、友人の一人、シュトーレン。愛称は、ストル。落ち着いた茶の髪をしていて本が好きな、サシャと仲のいい子の一人。
「あら、詳しいのね」
 ストルの言葉にサシャは言う。そして記憶を探って続けた。
「ええと、街のひとたちはロイヒテン様……とか言っていたと思うわ」
「ロイヒテン様!」
 今度声を上げたのは、友人のビスクヴィートだった。愛称はビスク。ミルクティーのような髪をした小柄なビスクは、いわゆるイケメンが好き。口に手を当てて嬌声をあげたあと、きゃぁきゃぁと話しはじめる。
「ミルヒシュトラーセ王家の中でもイケメンって有名よね! お写真を拝見したことがあるけど、とってもカッコいい方だったわ!」
「そ、そうね。確かにとってもお素敵だったわ」
 その勢いに少々押されながらもサシャは肯定する。感じた違和感のことを少し思い出してしまったのだ。