アッシュが長い脚を組んで、紅茶を飲んでいる。手袋を脱いだ指は長くて細くて、なんでもない動作なのに一枚の絵画のようだ。美形は目の保養になるっていうけれど、この人たちに慣れてしまったらもとの世界に戻ったときに大変なのでは、と思ってしまう。

 ばちっと目が合って、やましいことを考えていたわけではないのに目を逸らしてしまった。きっとさっきの甘い匂いのせいだ。アッシュから一瞬だけ漂った芳香を嗅いでから、頭がふわふわして身体が熱い。

「紹介状は読ませてもらったが、ケイトはもとの世界に戻るために一年間働きたいんだな?」

 カップをテーブルに戻してアッシュが訊ねた。少しの音も立てないのが凄い。これが上流階級の嗜みなのだろうか。

「はい。費用がだいたいそのくらいで貯まるそうなので」

「給料にもよるだろうが、うちで働いてもだいたいそのくらいだろうな」

「ええっ、一年で帰っちゃうの? ずっとこの世界にいればいいのに!」

 ソファは四つあるのに、なぜか私に密着して座っているセピアがくるりと横を向く。まつげが数えられそうなくらい顔を寄せてくるので、思わず身体を引いてしまった。

「あら、そういうことだったの? 一年くらいだったら、そんなに反対することもなかったわね」

 クラレットは優雅に笑って焼き菓子をつまんでいる。このふたりはさっきからリアクションが正反対だ。

「何でもとの世界に帰りたいの? 恋人が待ってるとか? 実は向こうですごい大金持ちだとか?」

 おねだりするように瞳をしばたたかせて、セピアが質問してくる。

「いえ、恋人はいないし、仕事も薄給なので……」

「じゃあ別に、こっちにいても困らないじゃん」

「まあ、誰も困りはしないですけれど……」

 セピアの率直な言葉が胸に突き刺さる。誰も、困る人なんていない。私が急にいなくなっても。自分で言っておいて泣きそうになってきた。